殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

仁義なさそうな戦い・その7

2016年01月24日 08時37分41秒 | みりこんぐらし
翌朝早く、また永井部長から電話があった。

夫に、田中氏への謝罪を代行させるために

一晩かけて説得の理由を考えたらしく

「実は単価じゃなくて、単位を間違えた」

今度はそう言い出した。


「t(トン)とm3(立方メートル)を

勘違いしたんです。

だって、僕ら本社が扱う単位は

tが多いじゃないですか。

tで計算したら、利益が全然出ていなくて

僕は、人のいいヒロシさんが

騙されているんじゃないかと心配したんです」


契約書の単位を間違えて

利益を計算したら、マイナスになった‥

夫はバカなので騙されていると思い

夫のためを思って田中氏に申し出た‥

要するに、そう言いたいらしい。


通常、単位を間違えるなんて幼稚なミスは

言い訳として通らない。

肉屋がグラムとセンチを間違えるのと同じだ。

しかし永井部長は、今の窮地を脱するためには

情に訴える方が早いと判断して

こんなことを言い出したと思われる。


が、夫に泣き落としは通用しない。

やはり夫が強いからではない。

夫の感情を揺さぶるのは、好みの女性に限定される。

この先、恋が芽生える可能性ゼロの男性に

そよりとも心を動かすことは無いのだ。

夫は聞き流して出勤した。



その日、田中氏は予定通り契約に訪れ

夫は永井部長の非礼をわびた。

「ええのよ、ええのよ。

しょっぱなから変なことばっかりしやがるけん

ガツンと言うてやっただけよ」

田中氏は笑った。


「あんたとこの本社も、とんでもないのを

取締役に据えてしもうたのぅ」

そう言いながら、田中氏が上機嫌なのは当然だ。

本社と田中氏の会社は、同じ業種の似たような規模。

つまりライバル関係である。

本社の未来を担う台頭が、ろくでなしと確信した

田中氏の未来は明るいのであった。


「じゃが、ヤイト(お灸)はちょっと

すえてやってもよかろうが?

工期が長いけん、ヒロシとは

これから長い付き合いになる。

いちいち本社に口出されたら、めんどくさいわ」

田中氏の提案に

異存があろうはずもない我々であった。



2日後、本社営業部の野島青年から

夫に電話があった。

「助けてください!」


野島青年が担当している取引先から

急に出入りを差し止められたという。

我々はその時まで全く知らなかったのだが

その取引先は、田中氏から

仕事をもらっている会社だった。


田中氏は、その取引先に永井部長の話をして

本社との付き合いは、やめた方がいいと言った。

そのため野島青年は突然、出入り禁止になったのだ。


この現象は、やはり田中氏の息がかかった

もう一軒の取引先にも起こっていた。

そこは内山さんという

初老の営業マンが担当しており

永井部長が原因と知って、重役達に訴えた。

この行動には、永井部長に昇進の先を越された

内山さんの悔しさも加味されていると察する。


役員会議で事情説明を求められた永井部長は

ここで最終兵器、永井ミラクルを繰り出す。

「実は、野島が田中社長を怒らせたんです」


処理に奔走していたところ

誤解が誤解を呼んで収集がつかなくなり

部下をかばって僕が泥をかぶりました‥

永井部長はそう言ってピンチを脱した。


「ええ~!!」

後でそれを聞いて驚いたのは

無関係の野島青年。

しかし27才、中途入社のペーペーに

釈明の機会は与えられなかった。


追い詰められた時、こうした弱者を

瞬時に選別できる判断力と

臆面もなく責任をなすりつけられる度胸。

永井ミラクルは、稀有な才能を必要とする

大技なのである。


「あんまりです!」

野島青年は悔しがるのだった。

(続く)
コメント (6)
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