殿は今夜もご乱心

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ヤエさんの幸せ計画・その5

2014年10月06日 09時06分01秒 | みりこんぐらし
「ヤエさんの“功徳”改め“作品”」



「ホホホホ…」

感度のいいヤエさんは、魔女の呪いつながりで

眠れる森の美女に引っ掛けられたと気づいて笑った。


おばあちゃんの施設行きを勧める私ではあるが

内心、この嫁姑に施設という選択肢は合わない気がしていた。

話は去年に飛ぶが、ヤエさんは腰を痛めた。

私はおばあちゃんの介護認定とデイサービスを強く勧めた。

ヤエさんはすぐさま申請して要介護1を勝ち取り

おばあちゃんをデイサービスに通わせ始めた。


喜んだのもつかの間、肝心のおばあちゃんが不登校。

若い男性介護士が部屋まで迎えに来ないと、行かないそうだ。

「ボケて、白髪が逆立って、山姥のようになっても

オトコを選ぶのがあさましい!」

デイサービス通いは、かえってヤエさんの憎悪とストレスを

増やしたに過ぎなかった。

悪いことをしたと思った。


そのうちデイサービスの送迎を

シルバー人材センターが請け負うようになると

おばあちゃんは完全に行かなくなった。

入浴介助で、さらに腰を痛めたヤエさんであった。


凝りずに施設入居やショートステイを勧めたが

コルセットをはめてウンウン言いながらも、ヤエさんは首を振る。

日帰りのデイサービスは良くても、泊まりは抵抗があるらしい。


ヤエさんの健康状態をハラハラしながら見守るうちに

この夏が来て、おばあちゃんの足が腫れてきた。

「それ、糖尿病のムクミよ」

義父アツシの糖尿病進行の経緯を

つぶさに見ている私はそう言ったが

ヤエさんはムクミでなく、報い(ムクイ)だと主張した。


ま、人のことなのでそれ以上は言わなかったが

この時、最後にして最善の方法を発見した。

「そうだ、京都へ行こう!」ならぬ「そうだ、病院へ行こう!」。

入院である。


ヤエさんは複数の老人を介護した実績から

「認知症のおばあちゃんを自分で看取る」

という目標に意識を集中させている。

しかし私は、糖尿病の方がヤバいんじゃなかろうかと

思い始めたのだった。

ムクミが出たとなると、腎機能がかなり低下している。

それまでの長い小康状態から一転、急激に弱り始めるのがこの頃だ。


個人的な意思や都合の絡む施設入居と違い

入院は人命救助という必然性があるため

ヤエさんとおばあちゃんは強制的に引き離されるはず。

後期高齢者の入院費は安い。

施設の3分の1程度で済む。

まさに最後にして最善の方法ではないか。


だがこの方法には、最大の難点が存在するのも確かだった。

入院のタイミングである。

はやばやと入院させると、ひとまず元気になったり

また入院したりを繰り返すようになる。

入退院の繰り返しは本人もつらかろうが、嫁にとってもきついものだ。


入院中はいい。

つかの間の自由を満喫できる。

日々の見舞いや洗濯物のお届けなんか

日頃の苦難に比べれば屁でもない。


だが自由は、退院によって奪われる。

病人は退院のたびに、前より手がかかってワガママになる。

一度自由を知ってしまっただけに、喪失感は巨大だ。

緩和と緊張の繰り返しで、嫁の心身は疲れていく。


根性のあるヤエさんだが、変に根性があると

この緩和と緊張に自分の心を柔軟に添わせることが難しい。

心は天国と地獄を往復しながら、身体は馬車馬のように働いてしまい

ブレーキが効かなくなる。

癌経験者であり、腰椎ヘルニアのヤエさんが

これに耐えられるかどうか疑問だったので

とりあえずの安全策として施設の方を推奨する私だった。



じきに、おばあちゃんの足から水が出るようになった。

「それ、壊死よ。

傷口があるはずよ」

私はそう言ったが、ヤエさんは

「水に流せないことが多過ぎたからよ」

と取り合わず、おばあちゃんが昔から通っている

外科医院へ連れて行っては薬を塗ってもらっていた。

やはり人のことなので、それでいいならと放置する私であった。


ほどなく、おばあちゃんの足から出る水の量が増えてきた。

バスタオルが一晩でベタベタになるほどの量だという。

「糖尿病、かなり進んでるよ。

足を切断することになるよ」

しかしヤエさんにとっての問題はそこではなく

その足で歩き回るために畳や廊下が濡れることだった。


その数日後、私はヤエさんに呼び出されたわけだ。

彼女は、畳や廊下の拭き掃除に疲れ果てたのだった。


「もう、いいんじゃないの?」

その言葉は戦いの終結宣言として

ヤエさんと、目の前にいないおばあちゃんに向けたものであった。

そして自分自身にも、別の意味で向けられていた。

今入院しても復活の可能性は低い…

退院できたとしても、この先、入退院を繰り返す回数は少ない…

私はそう判断したのだった。


「明日、おばあちゃんをちゃんとした病院へ連れて行くこと」

ヤエさんと約束した。

ついでに廊下の鬼の面をはずすことも約束した。


約束ばっかりじゃナンだから、おばあちゃんと小姑のモノマネも披露。

「お迎えがはよう来ますように、何妙法蓮華経、何妙法蓮華経…」

「あ、お義姉さん?これ、もらって帰ってもいいんかね?

良かった、ちょうどいい所へ来た、儲かった」

2人でゲラゲラ笑って解散した。


そして翌日、検査に行ったおばあちゃんは、そのまま入院した。

ヤエさんに平穏が訪れたのは、顔のツヤでわかる。


最初の関門は、入院後1ヶ月で訪れるはずだ。

定期的なプログラムとして、家で面倒が見られる状態かどうかを

病院からたずねられる。

「ええカッコするんじゃないよ?

無理だって、はっきり言うのよ?」

と指導する私であるが、なんだかんだ言っても

いずれヤエさんは、おばあちゃんを連れて帰るだろう。


疲れたら、また何度でも話を聞くつもりだ。

そうこうしているうちに嫁姑の戦いは

永遠の終わりを告げるはずである。


《完》

コメント (10)
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