殿は今夜もご乱心

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危険な香り

2014年10月19日 09時06分06秒 | 前向き論
24才の時、付き合いで講演を聞きに行ったことがある。

講演といっても私の立ち回り先だから、勉強の類いではない。

訪問販売に勧誘するための客寄せである。

講師は、当時60代後半の無名の女性。

その訪問販売の成功者であり、霊能者というプロフィールだった。


話の内容は、今で言えば綾小路きみまろ的な毒舌。

彼女の“予言”ではこれから先、老人はなかなか死ななくなると言う。

「死なないんですから、あなた、生きなきゃなりません。

長い老後をどうやって過ごします?」

老人は死ぬものだと思い込んでいた当時の私は

周りの聴衆と同じように笑った。


「同じ長いんなら、楽しく生きたいのが人情ですよ。

でもね、おおかたの老人は楽しくないんです。

何で楽しくないかというとね、お金が無いからですよ。

お金の無い老人は、嫌われます。

タダで人を使うので、近寄ったら損をするからですよ。

お金のある老人の周りには、人が集まります。

何で集まるか。

得をするからですよ。

子供や孫が離しませんよ、お小遣いがもらえるから」

よそのおうちの話として、やはり大笑いする一同。


とまあ、こんな口調で語る行き先は

「だから副業を持ちましょう。

この仕事をやってお金持ちになりましょう」

になる設定だ。


「老人が好かれるには、お金しかないんです。

老人の幸せは、お金で買えます」

彼女はきっぱりと断言した。


24才の私は、お金について

こんなにダイレクトに聞くのは初めてだったので、たまげた。

その驚きは、潔さと清々しさを含んだ小気味よいものである。


しかしながら、これは副業の勧誘が目的なので

聴衆の心をつかむために大胆発言は当然なのだ、と思い直す。

お金だけで幸せにはなれない…

心がけ一つで、きっと幸せになれるわ…

まだ青く清らかだった心の内で、ひそかに反論したものだ。


講師は老人について、もう一つ言及した。

「老人は臭いんです」

長年、配偶者の両親や自身の母親と暮らしたという彼女は

自身も例外ではないという注釈を付けて、そう言い放った。


清潔不潔の問題ではなく、消化機能の衰えによるものだそうだ。

飲んだり食べたりしたものの分解速度が遅くなるため

体内に残留して臭気を放つ。

若い者が老人を嫌うのは、お互いの性格以前に

この匂いによるというのだ。


匂いの程度には、個人差がある。

消化機能の衰え加減はそれぞれ違うし、飲み食いする物によっても変わる。

誰が嗅いでも悪臭と呼ばれるものから、感覚的なものまで千差万別だ。

しかし程度は関係ない。

うっかり近寄っては不毛な会話や労働を繰り返し

疲労と傷心を重ねるうちに、その匂いを脳が記憶してしまうという。

近寄ってはならない危険な香りとしてである。


「匂いは盲点です。

ただでさえ臭いのに、そこへ酒、タバコ、飲み薬

サロンパスに歯槽膿漏、虫除けのショウノウの匂いなんかが

足し算されたら、どうなります?

これで家族に愛されたいなんて、無理ですよ」

おおいに湧く会場。

匂いを中和させてくれるのは、お金しかない…

お金を配って我慢してもらうしかないのだ…

だからこの訪問販売を…と続く。


訪問販売の方はどうでもいい。

しかし老人と匂いの斬新な理論は、衝撃として私の心に深く刻まれた。


…あれから30年。

その“予言”は、少なくとも私に関しては的中していた。

彼女の言っていた、そのまんまの老人と暮らしているではないか。


誘われてシブシブ行った講演会だったが

今、ものすごく役に立っている。

老人を理解する大きな手がかりになっているからだ。


「無い」または「惜しい」

これでたいていケリがつく。

不可解かつ不愉快な発言の意味を考えて、苦しむことが無い。


匂いもしかり。

ああされた、こう言われたと数え上げて時間を割き

愛せない理由、好きになれない事情を探す必要は無い。

脳が「危険な香り」に反応しているのだ。

脳が嫌がってるんだから、しょうがないんだ。

それで終了。


老人を理解することは、やがて老人になる予定を避けられない

自分を理解することでもある。

私もいずれああなるのだ。

いや、すでにそうなっているかもしれない。

そこで「なんとなく…」ではなく、はっきりした理屈を知っていると

あきらめもつこうというものだ。

正しいか否かは、この際関係ない。

くっきり明快が、重要なのである。


というわけで、私の虎の巻をご披露させていただいた。

親孝行の三文字に縛られ、道徳心の葛藤に苦しんでいる人の

「なんとなく…」が、少しでも払拭されれば幸いである。

コメント (12)
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