殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

盆休み

2014年08月28日 10時29分33秒 | みりこんぐらし
本社の経理部長ダイちゃんからの宗教勧誘は、依然として続いている。

少し前に、はっきり断った。

でもああいう人はどこまでもプラス思考だから、メゲない。

時々週末の予定を聞きたがるところを見ると、まだあきらめてない。


うっかり「ヒマ」なんて口走ろうものなら、大変だ。

集まりに誘われる。

常に「チチキトク」ということにして

のらりくらりとかわし続ける我々一家である。


「願いが叶って、幸せになれるんだよ!」

ダイちゃんは言うけど、彼の息子さんは

この春、高校受験に失敗した。

それはいいとして、滑り止めで受けた私立へ入学したが

よりによってその高校は我が夫の出身校だ。


「みんな健康で長生きできるんだよ!」

これまたダイちゃんは言うけど、彼は2年前に軽いとはいえ脳梗塞になり

今は骨盤に水が溜まって治療中。

これで健康と言えるかどうか、はなはだ疑問である。

我々はますますガードを固くするのであった。



お盆の直前、ダイちゃんからショッキングなニュースを聞いた。

ダイちゃん直属の部下であるハッシー君が、急に退職することになったという。


ハッシー君は20代後半。

税理士その他、数々の資格を持つ秀才で

将来はダイちゃんのポストを引き継ぐ予定の、本社希望の星である。


我が社の経理は元々、このハッシー君が担当する予定だった。

しかし途中からダイちゃんがやると言い出し

ハッシー君はサポートに回った。

このような経緯で、我々はハッシー君と顔見知りである。

家族は皆、ダイちゃんも好きだったが

素朴で心の美しいハッシー君も好きだった。


ダイちゃんの信仰が明らかになり、勧誘されるようになっても

我々にはハッシー君がいてくれた。

いざとなったら一家で辞める覚悟はあるが

ダイちゃんのボスである河野常務に頼んで

担当をハッシー君に戻してもらう手段が残っていたからだ。

我々ののらりくらりは、その余裕から来ていた。


そのハッシー君が辞める!

選択肢を一つ失った衝撃は大きかったが

それ以上に大きかったのは、希望に燃えていたハッシー君が

突然辞める不可解であった。


退職理由は、北陸にある実家の家業を継ぐというもっともらしいものだ。

しかしハッシー君は、ここに骨を埋めるつもりだと私に語っていた。

後妻の連れ子で実家に居場所が無いことも、とつとつと話した。

その彼が、すでに家業に従事している2人の兄をさしおいて

家業を継ぐとはよっぽどのことである。


そのよっぽどが北陸地方で起きたと考えるより

ダイちゃんから宗教の勧誘があったと考える方が自然であろう。

それが我々一家の推測である。


優しいダイちゃんのことだから、独身で一人暮らしの部下を

たびたび飲食に誘ったであろう。

すっかりなついた部下に魔の手が伸びるのは、時間の問題だ。


ダイちゃんは突然の退職を不思議がり、残念がるが

もしや彼は我々と同じ経験をしたのではないか。

隣で机を並べる上司に誘われて、拒否できないハッシー君の苦しみは

いかばかりであったか。

「とうとう犠牲者が出た…」

勝手な憶測ながら、我々はそうささやき合うのだった。



ハッシー君の退職を伝えた同じ日

ダイちゃんは我々のお盆の予定をたずねた。

「お盆の間はずっと、父が外泊で帰ります」

冷ややかに答える私。


「1日だけ空けられないかな?

入信してない人も参加できるイベントがあるんだよ。

お父さんは、連れて帰って置いとくだけなんでしょ?」

何やら盛大なイベントらしく、いつもにも増して執拗なダイちゃん。

危篤でありながら外泊できる矛盾も、いぶかしんでいる様子だ。


「いいえ…」

この時初めて、私は彼に現実を話した。

介護タクシーがサジを投げた、見事な全身不随ぶり…

首から上が無事なだけで、あとは死人と同様なこと…

食事や着替えを始め、一挙一動全てに人手が必要なこと…

床ずれが痛むため、しょっちゅう身体の向きや

介護クッションの位置を換える必要があること…

それでも病人は静かなのでまだマシ…

一番手がかかるのは、旦那の帰宅で興奮する母親の方…。


次男であり、夫婦で信仰ざんまいのダイちゃんは

親の介護なんかしたことないので

病人がどんなに家に帰りたがるか知らない。

役に立たないギャラリーほど口で騒ぐ、わずらわしさも知らない。


帰っている間はどんなに大変でも、病院へ戻る時に声を振り絞って

「ありがとう」と言われたら涙が浮かび

「またすぐ帰るのよ!」と叫んでしまう嫁の心模様なんか

夢にも知りはしないのだ。

教団でナンカ拝むより、こっちの方がよっぽど修行になるぞ。



「じゃあ、空いたら連絡して」

説明にたいした興味を示さず、ダイちゃんはそう言って帰った。

空いたって、連絡するものか。

実はアツシが帰るのは、盆休み最後の土日だ。

我々は休暇を満喫するもんね~!


だがその計画もむなしく、盆休み初日に隣のおじさんが亡くなった。

認知症で、去年包丁を振り回して暴れたおじさんだ。

お悔やみ、お通夜、葬儀で我が家のお盆は終わった。


おじさんは8月初旬に危篤となり、方々から家族が集合して待機していた。

みんな飼い犬を連れて来て家の内外に放置し、病院に詰める。

慣れない所へ置き去りにされた犬達は、落ち着かないのでものすごくうるさい。


窓を閉め切っていても、あまり効果は無い。

ムツゴロウさんちの隣に住んでいるような気分だ。

義母ヨシコは血圧が上がって寝込んだ。


特にひどいのは、息子さんのビーグル。

つながれた場所は、不幸にもうちに面した庭だ。

鳴くや吠えるの段階ではない。

ギョエー!という断末魔の絶叫が、大音量で休みなく続くのだ。

一日中叫んで、喉のほうは大丈夫なんだろうかと心配になってくる。


一応犬を飼っているため、お互い様としてひたすら我慢する我々。

我慢はするが、悪口は言う。

「息子さん、いい所へお勤めだそうだけど

ペットホテルに払う金を惜しむようじゃマユツバね!」

「常識が無いのよ、常識が!」


5日目あたりにはキレた。

「もう、毒まんじゅうしか無い」

私はヨシコに言う。

「何を入れたらよかろうか」

ヨシコも乗る。


黒い計画を練っていたところへ、おじさんの訃報が入った。

おじさんが亡くなる=葬式が終わったら犬が帰る。

我々はささやかな悲しみと同時に

騒音地獄から解放されるメドが立った大きな喜びを感じた。


葬儀の翌朝、ビーグル君はとうとう声が枯れた。

ケホンケホンと咳き込むように鳴いている。

犬も声枯れするらしい。
コメント (12)
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