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殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

うぐいす日記・①

2011年04月11日 14時03分12秒 | 選挙うぐいす日記
負けちゃった。

しかし悔いは無い。

これ以上は1ミリも上乗せできないほど頑張ったら、清々しさだけが残る。


《4月1日》

出陣式の最中、1人の老人が意識を失って倒れる。

ちょうど候補が話していて、まさにこれから盛り上がろうとしている時であった。


救急車を呼び、出陣式は中断。

この1ヶ月で、消耗軍団とすっかり仲良しになり

おしゃべりするために日参していた、お調子者の爺さんである。

「ちっ…」

冷酷な司会者の私は、ひそかにいまいましく思いながら、体裁をつくろう。


幸い爺さんは、たいしたことは無かった。

救急車を待つ間、事務所に寄付した我が家のソファーが

病人を寝かせるのに役立ったことは、僥倖であった。


《4月2日》

選挙掲示板に貼られたうちの候補のポスターが、1枚はがされていた。

警察に連絡して、一応形式的な捜査が行われた。
    

《4月3日》

カオルさんという40代の女性がいる。

彼女は毎朝、事務所の前で手を振っていた。

トレードマークがフリフリのスカート。

そのいで立ちについて、苦情の電話が何度も入ったという。


“右端に立ってる女をどうにかしろ!選挙だぞ!チャラチャラするな!”

“あんな女を外に立たせるなら、票はやらんぞ!”

ごていねいに“!”まで書き入れたメモを本人に渡したのは

消耗軍団のメンバー、常子であった。


常子は以前から、何かにつけカオルさんに意地悪だった。

性格の良いカオルさんは、候補夫妻に信頼されており

事務所のアイドル的存在なのが気にくわないようだ。


「こういう電話を受ける私の身にもなってください!」

そう言って常子に渡されたメモを見て、涙にくれるカオルさん。

それをニヤニヤしながらながめる消耗軍団。


私は「右端」の一言に引っかかっていた。

彼女が立っていたのは、道路側からだと、どう見ても左端である。

カオルさんの立ち位置を右端と言えるのは、背後の事務所から見た場合だけ。

常子の自作自演ではないのか。


私はカオルさんに「明日もその格好で来なさい」と言い

翌朝ヒラヒラのミニスカートをはいて行った。

そしてカオルさんと一緒に、選挙カーの出発まで事務所の前に立つ。

もちろん選挙カーに乗る時の、パンツとスニーカーは持参している。


カオルさんは「ありがとう」と泣いた。

とんでもごぜぇやせん。

市内に親類縁者がやたらと多い彼女…

つまらぬ嫉妬に負けて、意気消沈してもらっては票が減る。


51才の醜いミニスカ姿に恐れをなしたのか

苦情電話とやらはそれっきりとなり、常子は私を避け始めた。

やっぱり常子の芝居だった。

ただでさえ見苦しくて暗いのに、嫉妬心まで強いなんて

まったく煮ても焼いても食えない女どもだ。


《4月4日》

運転手である事務局長のスパイ説が浮上し、事務所が落ち着かない。

運転手として、選挙カーを山奥ばかりに連れて行き

その間に対立候補が大票田の市街地を攻めているというのだ。


事務局長は以前、対立候補を熱心に支援する市議の会社に勤めていた。

その市議に頼まれ、候補の同級生という立場を利用して

陣営にもぐり込んだという噂が、まことしやかに広がり続けていた。


確かに最初のうちは、山奥へ行くことが多かった。

選挙は川上から…という昔からのセオリーもあるにはあるが

事務局長は市内北部の出身なので、単に山が得意なだけらしい。

候補が街頭演説をしている時や休憩時間、メールに忙しい姿も

多くの人に見られており、対立候補の陣営に連絡を入れているのではないかと

疑われていた。


事務局長は、この選挙ですっかりいい仲になった

消耗軍団の清美とメールしているのだ。

その証拠に、清美が後続車に乗って付いて来た昨日は

一度もメールをしなかった。


人を雇ったことのある人はわかると思うが

何年も前に辞めた社員に頭を下げて、スパイを頼むことなど、ありえない。

社員には社員の意地があろうが、社長には社長の意地があるものだ。


候補と事務局長は厚い友情で結ばれ、候補はのびのびと活動している。

つまらぬ噂に踊らされて、この関係に水をさすことは、はばかられた。

そもそも事務局長は、スパイができるほど賢くはない。


そんなことをしゃべれるはずもなく

陣営には「とにかく選車を信じてくれ」と言うしかない。

事務局長をほめたりそやしたりしながら、やんわりと山間部に背を向けさせる。


《4月5日》

選挙カー脱輪。

レッカー車を待つ間に、なんとタイミングの悪いことか

対立候補の選挙カーが通りかかる。


候補はすでに後続車で、次の予定地へ向かわせていたので

残った者を選挙カーの前にズラリと並べて、傾いた車を隠し

ヘラヘラと手を振る。

心配して出てきた近隣住民の同情を買い、投票を頼んだのは言うまでもない。


《4月6日》

夜8時に選挙事務所に戻ったら、夫が私を迎えに来ていた。

「あれじゃ絶対に勝てん。

 早めに喧嘩別れでもして、引いたほうがいい。

 いつもゴタゴタしてるんだから、口実はいくらでもあるだろう。

 奇跡は起きないぞ」

帰ってから、真剣な顔で言う。

10分ほど待っている間に、おおかたのことはわかったと言う。

選挙カーの運転手歴28年のこの男、私よりよっぽど選挙に詳しいのだ。


負け戦なのは、私もわかっている。

もちろん絶対に勝つつもりでやっているが、長年の経験は正直だ。

たとえ負けるとしても、1票でも多く取りたいという思いだけはある。

         

                   続く
コメント (28)
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