殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

うぐいす日記・⑤

2011年04月27日 17時17分36秒 | 選挙うぐいす日記
その夜、美香子は私に言った。

「あの…私、あんなこと言って…」

    「いいのよ、私も厳しく言って、ごめんなさいね」

「いえ、そうじゃなくて私、候補の娘さんに誤解されてると思うんです。

 私はみりこんさんのやり方がのんきと言いたかっただけで

 娘さんのしゃべりをのんきと言ったんじゃないって

 ちゃんと説明しておいて欲しいんです」

    「大丈夫…さやかちゃんは、そんなこと気にする子じゃないよ」

「いえ、勝ったら私、次もやるつもりなので

 はっきりしてもらわないと、私が困るんです」

心配しなくても、候補の娘は最初からあんたのこと大嫌いだよ。


敗戦を知ると、美香子は悔しそうに言った。

「みりこんさんに遠慮して、私の実力が発揮できなかったから…

 申し訳なかったですぅ」

苦笑以外に何ができようか。


さて、美香子と引き離す目的でお手振りに回し

そのまま後続車に居着いたラン子。

春の選挙は初めてで、鼻炎のために息が続かず

そもそもうぐいすは無理だったのだ。


ラン子には、計画があった。

当選したら今の不本意な勤めを辞め、候補の秘書めいた仕事をする夢である。

候補の都合はまったく加味されていないのが、大胆といえば大胆。


この計画、消耗軍団を始め多くのライバルがいたため

ラン子は気が気ではない。

「あなたから候補に、それとなく推薦してもらえないかな…」

再三言われたが、そんなこっぱずかしいこと、言えるわけがない。

    「親しい所で働くと、何かあった時につらいよ」

と濁す私に、ラン子は不満げであった。


実のところ、誰よりも私にライバル心を燃やしているのは

表向きは腹心を装うラン子だ。

過去2回、同じ候補の選挙で共に戦った時に

薄々感じてはいたものの、今回はさらに進化していた。

気分で美香子に当たるのもラン子だったが

陰で美香子をたきつけ、周囲にあること無いことふれ回って

火に油を注ぐのもラン子だった。


美香子が「降ろして」と泣いた時は、あれほど忌み嫌っていた消耗軍団に

「みりこんさんはヒステリーだから、美香子さんがかわいそう。

 彼女のケアをお願いね」

とほざいておった。

そして周囲には、尾ひれをつけてしゃべりまくったあげく

「うぐいすの気性が激しいから、フォローが大変」とおっしゃる。

私には「全部カバーしておきました!」

さすが年を食っている分、立ち回りがうまい。


そうしておきながら、一人暮らしの彼女が甘えられるのは、私のところだ。

毎晩10時を回ると、うちへ電話がかかる。

「私はああもした、こうもした…でも誰もわかってくれない」

   「知り合いが多いのは、何よりの戦力じゃん…頼りにしてるのよ」

「そうよね!私がいなきゃね!でもね、あの人ったらね…」

こんな会話が延々と、日付が変わるまで続く。


声と家事のために、5時起きの身にはこたえる。

しかし、冷たく突き放すことはできない。

ラン子、数年前から精神を病んで通院中である。

このことは誰も知らない。


ミニスカートをつきあったカオルさんは

ラン子と後続車に乗って、この状況に気づいた。

「みりこんさんに電話しないと眠れないとか言ってましたけど

 お手振りがうぐいすに毎晩電話って、ちょっと非常識じゃないですか?

 あの人も一応はうぐいすなんだから、わかってるでしょうに」

    「あはは!大丈夫よ」


しかしその夜、カオルさんは、ラン子を家まで送ると言って連れ去った。

ファミレスで遅くまで話し込んだそうで、その日は電話がかからなかった。

多くを語らないカオルさんの気配りが、心底ありがたかった。


選挙後、ラン子の体調は劇的に改善された。

別の持病の血液検査も、結果は良好だと言う。

「就職はおじゃんになったけど、人と触れ合ったのが良かったみたい!」

ラン子はとても喜んでいた。

調子の悪い人は、選挙の手伝いをするといいのかもしれない。

効き過ぎる恐れもあるけど、刺激だけは豊富だ。


戦い終わって日が暮れて…

私のうぐいすとしての喜びは、何だろう…と考えてみる。

もちろん、路上で受ける声援は嬉しい。

だが、候補の気持ちが高揚する言葉を探りながら言い

それで候補が燃えるのは、もっと嬉しい。


言葉がヒットすると、候補の右肩がグッと張るのが後部座席から見える。

着火を感じる瞬間だ。

助手席の候補はハンドマイクを取り、強気な言葉と声を出す。

それがさらに嬉しい。

自分が発したセリフを演説で使ってくれたりすると、なお嬉しい。

拍手も賞賛もいらない。

ギャラは欲しい。


余談だが、今回のギャラは3人とも同額である。

「私、お手振りだったのに、みりこんさんと同じなんて悪いわぁ~!」

ラン子はしきりに強調しながら、かなり満足げあった。

差をつけるとうるさいからだ…と私は思い

ラン子はラン子で、自分の働きが評価されたと思っている。

私達は、平和にウフフと微笑み合う。


最終日の夜、活動が終わって握手やハグの騒ぎがおさまると

体の不自由な見知らぬ老人が、ヨロヨロと私に近付いてきた。

手を取ってソファーに座らせると、彼は静かに言った。

「私には、これが人生最後の選挙になると思います。

 天女さんの名調子、存分に聞かせてもらいましたぞ」

「んまっ!天女だなんて…照れちゃいますわ!オ~ホホホ!」


このたびの選挙で、私に与えられた称号は「鬼」

昨年の市議選では「夜叉」、その前は「悪魔」だった。

フッフッフ…我が住民票、地底から天へ移動。

しかしいずれにしても、人類ではないらしい。


                 とりあえず完
コメント (36)
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