亭主の好きな赤烏帽子(あかえぼし)…ということわざがある。
亭主の好きなものなら、それがどんなに妙ちきりんだろうと、認めてやりな…
みたいな意味らしい。
うちの亭主の好きなのは、赤烏帽子ならぬ、白肌着である。
俗に言う丸首シャツ…少し厚手の、フィットしたやつでなくてはならない。
結婚前から、夏にはこれを着、頭をゆるやかなリーゼントにし
なんたらいうメーカーのジーンズをはいて
恐れ多くもジェームス・ディーン気取りであった。
ジミーが着ていたのは、丸首シャツでなく、シンプルなTシャツだったと思う。
Tシャツにたくましい肉体を閉じ込めるので、必然的にピタッとする。
しかし夫の場合、日本のTシャツでは
それが表現できないということで、丸首シャツになったらしい。
付き合っている頃は「んまあ…この人、肌着じゃん」
と違和感があったが、多少の勘違いは、若さがカバーしてくれる。
夏以外の夫は、ここらで言う“伊達こき”であったため
肌着姿も一種のファッションとして、周囲も認めている様子であった。
しかし問題は、初老となった今も、依然としてこのスタイルを好むことである。
暑くなってくると、これ一枚で過ごそうとする。
家だけならまだしも、近所ぐらい平気で出かける。
妊婦のような腹に、肌着が伸びてへばりつき、見苦しいのなんの…。
特に見苦しいのは、ヘソのあたりだ。
通常の体型ならば、ズボンの中に隠れるはずのヘソが
膨張のために収まりきらず、のぞいてしまう。
しかも太ると、ヘソも伸びて広がる上に、深くなる。
腹に張り付いた伸縮性のある白い生地が
その周辺のみ、黒ずんだ深い洞窟を見せつける。
まさに、人体の魔境。
人は誰でも、我が身がかわいい。
自分の好みが、人に迷惑をかけているとは夢にも思わない。
夫のイメージでは、肌着姿の自分は、青年のままなのだ。
自信満々の前半生を送ってきたがゆえに
加齢による劣化の認識装置が備わっていない。
病院へ勤めていた頃、通勤路にたこ焼きの屋台があった。
そこで近所のおじいさんが、屋台に上半身を突っ込むようにして
店番の人といつも話し込んでいた。
おじいさんは、老人にしてはかなり太って大柄だった。
問題は、そのファッション…いつも肌着にステテコなのだ。
脂肪で盛り上がった、とてつもなく大きな尻をクリクリと動かしながら
おしゃべりに興じている。
夏でも冬でも、必ずその姿がある。
うっすらと透ける肌やパンツも生々しく、これを見るたび、実に不快であった。
なんで毎日こんなものを見なきゃならんのじゃ…と腹立たしかった。
何年かして、屋台はたたまれた。
経営不振という話であったが、私は絶対あのステテコ親父のせいだと思っている。
あんなのが、出腹や大尻をプリプリさせて
一日中あそこに居たら、客は寄りつかない。
いやしい私だって、一度も寄ってみようと思ったことはない。
夫は、元々筋肉がつきにくい体質だ。
スポーツによって中途半端な筋肉が乗っかった、厚みのある体型だったが
今はすべてが脂肪に成り代わった。
つまり、たこ焼き屋で肉体をさらすおじいさんと同類で、生々しい。
毎年、肌着で外へ出ないように、厳しく監視する。
そのまま外出しそうになると、サッと上着を持って行く。
丸首シャツを買わなきゃいいんだけど、これだけは夫が自分で買って来るので
エンドレスな戦い。
長年の不毛な攻防に、いささかくたびれた私は
今年こそあきらめさせるという野望を抱いた。
早い話、夫の肉体は、それほど醜い姿になり果てたということである。
もう「本人の好みだから」という理由で、放置できない状況なのだ。
今年も例年どおり、丸首シャツが登場し始めた。
「そのシャツはやめたら?」
「オレはこれが好きなんだ!」
毎年繰り返すやりとり。
途端に不機嫌になるから、困ったもんだ。
私は思わず言った。
「あんたは永遠にジェームス・ディーンのつもりでも
ハタには、下着姿の太ったおじいさんよ…」
夫は一瞬黙った。
「時は流れたんだわ…ジェームス…
あの頃のあんたは、もういないのよ…」
両手を胸に当て、ポーズをとってそう言ったら、笑いが止まらなくなった。
身をよじって笑い続ける私に背を向け、夫はプイとどこかへ出かけてしまった。
かなりショックだったらしい。
あれから1週間経つが、夫はあのおぞましい格好をしていない。
今年こそ、白肌着から脱却できそうだ。
さて、私も人体の魔境ぶりでは、人のことは言えない。
こういうのは、出すか出さないか、紙一重の違いに過ぎない。
夫の不倫に耐え、身を持ち崩さなかった妻…しかしその実態は
とてもじゃないが他人様にお目にかけられるような肉体を
保有しなかったからなのかもしれない。
もしも自信があったなら…丸首シャツは着ないけど
いまだに姉ちゃん婆ちゃんの格好をして、得意満面しゃなりしゃなり
亭主の不実を言いわけに、快楽の道を選んだ可能性、なきにしもあらず。
貞操は、意外な理由で守られた。
亭主の好きなものなら、それがどんなに妙ちきりんだろうと、認めてやりな…
みたいな意味らしい。
うちの亭主の好きなのは、赤烏帽子ならぬ、白肌着である。
俗に言う丸首シャツ…少し厚手の、フィットしたやつでなくてはならない。
結婚前から、夏にはこれを着、頭をゆるやかなリーゼントにし
なんたらいうメーカーのジーンズをはいて
恐れ多くもジェームス・ディーン気取りであった。
ジミーが着ていたのは、丸首シャツでなく、シンプルなTシャツだったと思う。
Tシャツにたくましい肉体を閉じ込めるので、必然的にピタッとする。
しかし夫の場合、日本のTシャツでは
それが表現できないということで、丸首シャツになったらしい。
付き合っている頃は「んまあ…この人、肌着じゃん」
と違和感があったが、多少の勘違いは、若さがカバーしてくれる。
夏以外の夫は、ここらで言う“伊達こき”であったため
肌着姿も一種のファッションとして、周囲も認めている様子であった。
しかし問題は、初老となった今も、依然としてこのスタイルを好むことである。
暑くなってくると、これ一枚で過ごそうとする。
家だけならまだしも、近所ぐらい平気で出かける。
妊婦のような腹に、肌着が伸びてへばりつき、見苦しいのなんの…。
特に見苦しいのは、ヘソのあたりだ。
通常の体型ならば、ズボンの中に隠れるはずのヘソが
膨張のために収まりきらず、のぞいてしまう。
しかも太ると、ヘソも伸びて広がる上に、深くなる。
腹に張り付いた伸縮性のある白い生地が
その周辺のみ、黒ずんだ深い洞窟を見せつける。
まさに、人体の魔境。
人は誰でも、我が身がかわいい。
自分の好みが、人に迷惑をかけているとは夢にも思わない。
夫のイメージでは、肌着姿の自分は、青年のままなのだ。
自信満々の前半生を送ってきたがゆえに
加齢による劣化の認識装置が備わっていない。
病院へ勤めていた頃、通勤路にたこ焼きの屋台があった。
そこで近所のおじいさんが、屋台に上半身を突っ込むようにして
店番の人といつも話し込んでいた。
おじいさんは、老人にしてはかなり太って大柄だった。
問題は、そのファッション…いつも肌着にステテコなのだ。
脂肪で盛り上がった、とてつもなく大きな尻をクリクリと動かしながら
おしゃべりに興じている。
夏でも冬でも、必ずその姿がある。
うっすらと透ける肌やパンツも生々しく、これを見るたび、実に不快であった。
なんで毎日こんなものを見なきゃならんのじゃ…と腹立たしかった。
何年かして、屋台はたたまれた。
経営不振という話であったが、私は絶対あのステテコ親父のせいだと思っている。
あんなのが、出腹や大尻をプリプリさせて
一日中あそこに居たら、客は寄りつかない。
いやしい私だって、一度も寄ってみようと思ったことはない。
夫は、元々筋肉がつきにくい体質だ。
スポーツによって中途半端な筋肉が乗っかった、厚みのある体型だったが
今はすべてが脂肪に成り代わった。
つまり、たこ焼き屋で肉体をさらすおじいさんと同類で、生々しい。
毎年、肌着で外へ出ないように、厳しく監視する。
そのまま外出しそうになると、サッと上着を持って行く。
丸首シャツを買わなきゃいいんだけど、これだけは夫が自分で買って来るので
エンドレスな戦い。
長年の不毛な攻防に、いささかくたびれた私は
今年こそあきらめさせるという野望を抱いた。
早い話、夫の肉体は、それほど醜い姿になり果てたということである。
もう「本人の好みだから」という理由で、放置できない状況なのだ。
今年も例年どおり、丸首シャツが登場し始めた。
「そのシャツはやめたら?」
「オレはこれが好きなんだ!」
毎年繰り返すやりとり。
途端に不機嫌になるから、困ったもんだ。
私は思わず言った。
「あんたは永遠にジェームス・ディーンのつもりでも
ハタには、下着姿の太ったおじいさんよ…」
夫は一瞬黙った。
「時は流れたんだわ…ジェームス…
あの頃のあんたは、もういないのよ…」
両手を胸に当て、ポーズをとってそう言ったら、笑いが止まらなくなった。
身をよじって笑い続ける私に背を向け、夫はプイとどこかへ出かけてしまった。
かなりショックだったらしい。
あれから1週間経つが、夫はあのおぞましい格好をしていない。
今年こそ、白肌着から脱却できそうだ。
さて、私も人体の魔境ぶりでは、人のことは言えない。
こういうのは、出すか出さないか、紙一重の違いに過ぎない。
夫の不倫に耐え、身を持ち崩さなかった妻…しかしその実態は
とてもじゃないが他人様にお目にかけられるような肉体を
保有しなかったからなのかもしれない。
もしも自信があったなら…丸首シャツは着ないけど
いまだに姉ちゃん婆ちゃんの格好をして、得意満面しゃなりしゃなり
亭主の不実を言いわけに、快楽の道を選んだ可能性、なきにしもあらず。
貞操は、意外な理由で守られた。