義母ヨシコは無事退院し、自宅療養となった。
私は相変わらず、義父母の夕食を作り
毎日6時を過ぎると、鍋やタッパーを持って夫の家へ行く。
夫と義父アツシは、食後にサウナへ行くので
帰って来るまで、私はヨシコと過ごす。
一緒にテレビを見たり、ヨシコが今回の入院でハマッた
塗り絵にいそしむのを眺めたりする。
おしゃべりもする。
「あそこのお嫁さんはねえ、娘が台所をやってると
な~んにもしないんだって~」
と、ヨシコ。
「そりゃ娘がしゃしゃり出たら、嫁は手が出せんわ~。
娘も考えないとねえ…もうお嫁に行ったんだから~」
「あ~ら、嫁がしないから、娘がするんじゃないの~?」
「娘を押しのけて立ち回るのは、難しいと思うわ~」
「そういうもんかしらね~…私は一人っ子だから、よくわからないわ~」
「残酷よね~…動きを封じて、怠け者扱いじゃあねえ~」
「そうそ、あの姑さん、そういうとこ、あるのよ~」
このような、スリリングな会話もかわす。
退屈なので、掃除をすることもある。
ヨシコが、かがんで掃除機をかけるのがきついと言うので
スタンド型の掃除機を買ってやった。
お掃除ロボという手もあるが、あれは高いので惜しい。
すると今度は、新しい掃除機が重たいと言いだした。
紙パックじゃないので、ゴミ処理も難しいと言う。
何度やって見せても、わからないと言う。
結局、掃除は完全に私の仕事となる。
ハメられた感もあるが、深く考えないことにする。
またある日、家に行くと、アツシが汚れたズボンを着替えていた。
庭木の水やりをしていて、転んだという。
持病で足元がおぼつかなくなっており、ホースに足をとられたそうだ。
幸い、ケガは無かった。
ここでまた悪い癖が出る。
「危ないから、これからは私が水をまくわ」
「そう?!」
待ってましたとばかりに、顔を輝かせるヨシコ。
「私がやれればいいんだけど、心臓がねえ…
爆弾を抱えてるようなもんだって、先生に言われてるしねえ…」
またしてもハメられた気がするが、深く考えないことにする。
庭木に水をやるのは、ここを出て以来15年ぶりだ。
広い庭ではないが、家を囲むように木が並び
ヨシコの植えた花々が、ジャングルのように生い茂っている。
全部に水をやると、ゆうに30分はかかる。
若い頃は、これがイヤでイヤで仕方がなかった。
毎夕、水をやる夏は、蚊の餌食になった。
子供に手がかかるわ、メシの支度はせにゃならんわ、泣きたかったぜ。
雨が降ったら、カッパのような心持ちで喜んだっけ。
冬は冬で、4~5本植えられているサザンカの花が落ちる。
おびただしい量だ。
いったん落下したら最後、花びらはガクを離れて、思いっきり散らばりやがる。
冬枯れの硬い芝生に落ちた、白やピンクの花びらは
少々掃いたぐらいでは取れない。
寒い庭で、小さな金属のクマデを使用し、掻き出さなければならない。
「自分が落としたものぐらい、自分で後始末しなさいよっ」
私はサザンカにつらくあたったものだ。
そして考えたあげく、落ちる前に花を摘み取る方式を採用した。
こりゃあ、ええわい…自分の名案に感心し、せっせとブチブチやっていた。
やがてバレて、木が傷むと怒られる。
「そのうち、おまえらを全部切り倒してやる…
それまでの命と思えよ!」
腹立ち紛れに、いつもサザンカを脅迫していた。
昨日、水まきをしながら改めてよく見ると、サザンカが1本しか無い。
ヨシコに聞くと、枯れたと言う。
咲いたばかりの花を摘み続けたから、弱ったのか。
脅していじめたからか。
死因が何であれ、いびりまくった相手がいなくなると、後味が悪い。
気の毒なことをした。
「あの時は、すいませんでしたねえ…」
残ったサザンカを始め、松、梅、クロガネモチ、ヒイラギ、菊桃…
その他のキャストにも、謝りながら水をまく。
彼らもまた、サザンカほどではないにしろ、私から脅迫を受けていたのだ。
15年の間に、いちだんと大きくなった木々…
植物と触れあう心地よさ…
もう若い頃ほど私の血液を欲しがらない蚊…
歳月は、苦しみを楽しみに変える。
お帰り…と言うように、風が吹いた。
私は相変わらず、義父母の夕食を作り
毎日6時を過ぎると、鍋やタッパーを持って夫の家へ行く。
夫と義父アツシは、食後にサウナへ行くので
帰って来るまで、私はヨシコと過ごす。
一緒にテレビを見たり、ヨシコが今回の入院でハマッた
塗り絵にいそしむのを眺めたりする。
おしゃべりもする。
「あそこのお嫁さんはねえ、娘が台所をやってると
な~んにもしないんだって~」
と、ヨシコ。
「そりゃ娘がしゃしゃり出たら、嫁は手が出せんわ~。
娘も考えないとねえ…もうお嫁に行ったんだから~」
「あ~ら、嫁がしないから、娘がするんじゃないの~?」
「娘を押しのけて立ち回るのは、難しいと思うわ~」
「そういうもんかしらね~…私は一人っ子だから、よくわからないわ~」
「残酷よね~…動きを封じて、怠け者扱いじゃあねえ~」
「そうそ、あの姑さん、そういうとこ、あるのよ~」
このような、スリリングな会話もかわす。
退屈なので、掃除をすることもある。
ヨシコが、かがんで掃除機をかけるのがきついと言うので
スタンド型の掃除機を買ってやった。
お掃除ロボという手もあるが、あれは高いので惜しい。
すると今度は、新しい掃除機が重たいと言いだした。
紙パックじゃないので、ゴミ処理も難しいと言う。
何度やって見せても、わからないと言う。
結局、掃除は完全に私の仕事となる。
ハメられた感もあるが、深く考えないことにする。
またある日、家に行くと、アツシが汚れたズボンを着替えていた。
庭木の水やりをしていて、転んだという。
持病で足元がおぼつかなくなっており、ホースに足をとられたそうだ。
幸い、ケガは無かった。
ここでまた悪い癖が出る。
「危ないから、これからは私が水をまくわ」
「そう?!」
待ってましたとばかりに、顔を輝かせるヨシコ。
「私がやれればいいんだけど、心臓がねえ…
爆弾を抱えてるようなもんだって、先生に言われてるしねえ…」
またしてもハメられた気がするが、深く考えないことにする。
庭木に水をやるのは、ここを出て以来15年ぶりだ。
広い庭ではないが、家を囲むように木が並び
ヨシコの植えた花々が、ジャングルのように生い茂っている。
全部に水をやると、ゆうに30分はかかる。
若い頃は、これがイヤでイヤで仕方がなかった。
毎夕、水をやる夏は、蚊の餌食になった。
子供に手がかかるわ、メシの支度はせにゃならんわ、泣きたかったぜ。
雨が降ったら、カッパのような心持ちで喜んだっけ。
冬は冬で、4~5本植えられているサザンカの花が落ちる。
おびただしい量だ。
いったん落下したら最後、花びらはガクを離れて、思いっきり散らばりやがる。
冬枯れの硬い芝生に落ちた、白やピンクの花びらは
少々掃いたぐらいでは取れない。
寒い庭で、小さな金属のクマデを使用し、掻き出さなければならない。
「自分が落としたものぐらい、自分で後始末しなさいよっ」
私はサザンカにつらくあたったものだ。
そして考えたあげく、落ちる前に花を摘み取る方式を採用した。
こりゃあ、ええわい…自分の名案に感心し、せっせとブチブチやっていた。
やがてバレて、木が傷むと怒られる。
「そのうち、おまえらを全部切り倒してやる…
それまでの命と思えよ!」
腹立ち紛れに、いつもサザンカを脅迫していた。
昨日、水まきをしながら改めてよく見ると、サザンカが1本しか無い。
ヨシコに聞くと、枯れたと言う。
咲いたばかりの花を摘み続けたから、弱ったのか。
脅していじめたからか。
死因が何であれ、いびりまくった相手がいなくなると、後味が悪い。
気の毒なことをした。
「あの時は、すいませんでしたねえ…」
残ったサザンカを始め、松、梅、クロガネモチ、ヒイラギ、菊桃…
その他のキャストにも、謝りながら水をまく。
彼らもまた、サザンカほどではないにしろ、私から脅迫を受けていたのだ。
15年の間に、いちだんと大きくなった木々…
植物と触れあう心地よさ…
もう若い頃ほど私の血液を欲しがらない蚊…
歳月は、苦しみを楽しみに変える。
お帰り…と言うように、風が吹いた。