羽鳥操の日々あれこれ

「からだはいちばん身近な自然」ほんとうにそうなの?自然さと文化のはざ間で何が起こっているのか、語り合ってみたい。

逸品NHK朝ドラ「カーネーション」

2012年01月25日 13時11分25秒 | Weblog
 年明けてドラマもいよいよ佳境に入った。
 この物語が描く時代は、我が母、そして私が知っている時代とほぼ重なっている。
 独特の時勢の匂いとともに、懐かしさがからだを熱くする。
 たとえば「引揚者」「戦争未亡人」といった言葉が、東京では或る種の差別感を持って、微妙なニュアンスで囁かれていた。もちろんそうした方々に対して面と向かって言うことはなかった。子供の耳にも、よき言葉ではないのだなぁ~、という印象があった。

 さて、NHK朝ドラ「カーネーション」は、言ってみれば3人の子供を抱えた戦争未亡人の奮闘記でもある。そして道ならぬ恋の物語でもある。朝の時間帯でどのように見せてくれるのか、そういった期待感を持って見ていた。
「お見事!」としか言いようがない。
 子供同士。あるいは子供たちと母親との絡み、とくに今朝などは男勝りの孫娘と魅力的なおばあさんの二人芝居のシーンでは泣かされた。あたたかな心持ちにしてもらって、誇らしげに満足げに子供部屋に入っていったときの表情の次女のステキさ。等々。そして母でありながら女に目覚めていく主人公が、自分の足を丁寧に洗うシーンなど、男と女の情の通いがきめ細かく洗練された距離感で見事に描かれていた。
 そこに佐藤直紀さんの音楽がかぶさって、情感をよりいっそう美に高めていく。この作曲家は、今、絶好調に違いない。

 そこで思うのは「リアル」とは何か、だ。その問題を提起したのは「龍馬伝」だった。実は、言わずにおこうとずっと筆を止めていたが、やはり無理だ。ごめんなさい。ついつい柘植さんが今回も人物デザインで関わっている今年の大河ドラマ「平清盛」と比較してしまう。
 なぜ「龍馬伝」は上手くいき、「平清盛」は、今のところ見たくなくなってくるのか。
 ひとつにはリアルならいいというものではない、ということかもしれない。
 つまり、もっと削っていかないと、焦点がぼけるのだ。リアルであるなら、リアルを目指すのなら、そこには「引き算」が求められる。「抑制」が求められる。物語の密度の濃さだけで、とことん描き切ろうとするのでは息詰る、のである。あるところまで表現したら、あとは視聴者のイメージで自由に解釈できるゆとり、身幅・バイアスを残しておいてほしい。そのための引き算であり抑制なのだ。イマジネーションが喚起されないドラマは、どちらを目指そうと、逃げ出したくなるもの。

 話を「カーネーション」に戻す。
 で、15分という短い時間の中で、際まで歩かせて、行き過ぎる手前で、ころっと手を返す「手際の良さ」が光っている。これまでにない出来映えだ。これも引き算と抑制の一つの表現だと知った。
 子供の頃に私が感じた大人たちが小声で発する「戦争未亡人」という怪しげな言葉の色合い、母子家庭という差別語感、許されざる男女の関係、社会的には「負」の条件を、さわやかに見せてくれる技量が光っている。大河ドラマとは違った、虚実皮膜、映画を見るような快感を堪能させてもらっている。

 我慢できず、とうとう書いてしまった。
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2 コメント

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仕事がない土曜日 (かめいど)
2012-01-27 00:38:47
土曜日、ついNHK-BSの「カーネーション」を見始めると、11時まで何もできません。
面白くて。
少し前の土曜日は、戦時下、着物をモンペにする(後で着物にもどせる)という話でした。

主役の女性、レトロな髪型とかファッションが似合うような気がします。
BSでもね~ (羽鳥)
2012-01-27 08:46:50
BSを見られない状態にした我が家です。まとめて放送しているのですね。
3月終了まで、8時にはテレビの前に居続けると思います。
池上彰さんが「日経ビジネス」で、このドラマのことに触れていました。方言の豊かさについて語っておられます。

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