羽鳥操の日々あれこれ

「からだはいちばん身近な自然」ほんとうにそうなの?自然さと文化のはざ間で何が起こっているのか、語り合ってみたい。

学びは遊び 遊びは学び

2012年01月07日 12時22分37秒 | Weblog
 本日は、平成二十四年新春、朝日カルチャーセンター「野口体操講座」初回。
 いよいよ幕開けです。テーマは「視覚の遊び」。
 昨年末、江戸独楽作家・福島保さんの独楽たちが主役です。
 一つは「ベンハムトップ」、もう一つは「試作品で名前なし独楽」。
 双方とも回転によってあり得ない色が浮かび、回転数によっても見る人によってもさまざまに変容する「視覚の錯覚」を楽しむことができる独楽です。
 丁度、お正月に読んでいた『動的平衡2 生命は自由になれるのか』福岡伸一著 木楽舎 第一章『「自由であれ」という命令』の章にも遊びの問題が取り上げられていたこともあり、このテーマを撰びました。

 そこで問いかけ。
「学びは遊び 遊びは学び」と言うことは可能ですか?
 ここからはじめたいと思いました。
 我が国で「遊び」をテーマにする時には、かならずといってもよいくらい引用されるのが『梁塵秘抄』です。 ちょっと説明を加えておきましょう。
「梁塵」の「梁」とはうつばり(内張、柱上に渡して小屋組を受ける横木)のこと。「梁塵を動かす」という故事は、梁の塵も落ちる。転じて歌う声のすぐれていること。音楽にすぐれていることから“すぐれた歌謡・音楽”の意。
「梁塵秘抄」は、平安末期(1180年前後)「今様(現代流行歌)」と呼ばれる歌謡を好み自らの死後に伝承されなくなることを惜しんだ後白河法皇によって“今様の集成”を目的として編まれたもの。
 いちばんに有名な歌謡が次の歌です。
《遊びをせんとや生まれけむ、戯れせんとや生まれけん、遊ぶ子供の声聞けば、我が身さえこそ動(ゆる)がるれ》

 もうひとつは『梁塵秘抄』の歌から本歌取りした歌
《君が愛せし綾藺笠(あやいがさ)、落ちにけり落ちにけり、鴨川に、川中に、それを求むと尋ぬとせしほどに、明けにけり明けにけり、さらさらさやけの秋の夜は》梁塵秘抄
《風にまひたるすげ笠の、なにかは路に落ちざらん。我が名はいかで惜しむべき、惜しむは君の名のみとよ》芥川龍之介 相聞二

 因みに、「綾藺笠」とは、藺(イグサ科の多年草、湿地に自生し、または水田で栽培する。高さ1メートルほど)藺の茎を編んで造り裏に絹をはった笠のこと。中央に突出部がある。武士の狩装束で、遠行または流鏑馬用。
 ついでに藺は夏の季語で、水原秋桜子に《藺の花を見て雨ごもり居たりけり》があります。

 そしてNHK大河ドラマ「平清盛」は、梁塵秘抄の歌が御簾の向こうの謎になっているようであります。
 さてもさても本日のブログは、ぐるりと廻って日本語の音の楽しさ美しさを感じるお遊びまでもしましたの。
 
 時は昼、いざ、参らん、新宿へ。
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