羽鳥操の日々あれこれ

「からだはいちばん身近な自然」ほんとうにそうなの?自然さと文化のはざ間で何が起こっているのか、語り合ってみたい。

Morocco Style

2012年01月27日 08時47分30秒 | Weblog
 2月末には87歳になる母から、以前のような毒舌が消えて久しい。
 言葉数も少なくなってきた。その様子を見ていると、寂寥感と孤独感が、いつの間にか彼女の日常を覆っていく面積が広くなっているようである。
 日暮れ時から夜がいけない。つかの間、亡くなった人が生き返るのである。短い時間だけれどそれって凄く辛いと思うね。

 そんな母だが、夜の静寂のなかでトイレに立っていく気配が感じられる。気配なんてもんじゃない。パタパタというスリッパの音で、目が覚めるのである。
「靴下をはいているんだから、夜中はスリッパを履かないで」
 言わずにおこうと思ってはいたものの、或る日の朝、とうとう言ってしまった。
 当然のこと、機嫌は悪い。
 しかし、いつの間にかその言葉を受け入れてくれていた。
 さて、私としては、なんとか音のしないスリッパを探そうと、昨年末からイメージをつくっていた。
 裏はフエルトで柔らかく、足の大きさからいって小振りのもので、柄はタータンチェックみたいなスリッパだ、と。

 実はそうした条件に合う物はなかなか見つからなかった。
 で、昨日、新宿伊勢丹6階で開催されているのチョコレートフェアに向かうのに、エスカレーターを使ったときのこと。5階の踊り場で、ふと横を見ると「ルームスリッパ」の冬物一掃セールをしている。迷いなく途中下車した。残り物とはいえ、さまざまな種類が売り出しされている。一つずつ手に取ってみる。しかし思い描いている条件にピタッとくるものには出会わなかった。
「パタパタ音が出ないのはありません?」
「それならこちらです」
 豊富な色揃え。赤・黒・濃緑・薄緑・焦げ茶・ピンク・黄・濃い紫・薄い紫・オレンジ、一足一足が見事に鮮やか色で染め上げられた皮にビーズとスパンコールで放射状に花らしきものが刺繍されているものをすすめられた。
「授業参観に持っていく方も、80歳90歳の方にも好評なんですよ」
「エエエッ」
 ちょっと身を引いた。そこは気を取り直して、手にもって見る。重さがない。
 決めた。
 色を撰ぶ。これが迷うのだ。あれこれ手に取って、結局は、歳をとると目が悪くなって見えにくいだろうから、明るく上品な薄紫を撰んだ。

 さて、帰宅しておそるおそる母に手渡した。
 足を通してご機嫌なのだ。
「ほら、見て、綺麗に光るわよ!」
 大成功だった。なんてたって「Morocco Stale」なんだから。つまり、ベリーダンスのあのイメージだ。
 暗い夜に灯りをうけて七色に輝くスパンコールにビーズたち。スリッパ前面いっぱいに刺繍されている輝きが放つ明るさ。いささか、家の中では、そこだけが浮き上がっている。
 でも、足には輝きがあって、今朝もご機嫌の母の表情にほっとした。
「女って、やっぱり光り物が好きなんだ!」
コメント
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