羽鳥操の日々あれこれ

「からだはいちばん身近な自然」ほんとうにそうなの?自然さと文化のはざ間で何が起こっているのか、語り合ってみたい。

ミミズたちの戯言……とんでもない課題

2009年06月10日 19時54分59秒 | Weblog
M子さん「で、野口先生がミスターニッポンの審査委員長をしたときに、筋肉を誇るだけでなく、違った方向からも肉体に目を向けて欲しいと考えていらしたみたい」

C男君「具体的に何かやったの?」

M子さん「コンクールの課題にランニングと野口体操の‘二拍子+三拍子’を入れたらしいわ」

A子さん「えぇ~! それは無いわね。だって、足が三拍子で手が二拍子、そしてその逆をもある、あれでしょ」

M子さん「そうそう。かなりの反発を招いたようだわ」

C男君「そりゃそうだろう。あれって出来るようになるまで、結構な時間がかかるんだぜ。鏡をみながら○○筋がどうのこうの、とやってる男たちが、我慢して練習できるわけがない。目に浮かぶよな。オレだって、笑っちゃうよ」

M子さん「そうよね。先生の考えは素晴らしいんだけど、時に‘そうは言っても’とか‘お言葉を返すようですが’なんていいたくなることってあるじゃない」

B子さん「あるある。おっしゃることは正しいだけど、そのまま自分の暮らしに持ち込めない、みたいな」

C男君「いや、そこがいいじゃない」

A子さん「でも、そんな課題を出すなんて、やっぱり先生だわ。あたし、そういうところが好きなのよ」

B子さん「わかるけどね。一般論を言っただけよ」

M子さん「昭和30年代初めに、三島がそのコンテストで優勝するなんてことはありえない。でも、いつの回かは定かではないけれど、石原慎太郎も会場に見物しにあらわれたらしいわ」

B子さん「へぇー、どんな感じだったのかしら」

M子さん「冷ややかさと嘲笑が入り混じった表情だったらしいわよ」

C男君「僕の想像だけど、石原はもっと自然に肉体を鍛える人じゃないかな。海の男だもの。なんか若き日の石原がミスターニッポンコンテスト会場に立っている姿を想像するとおもしろいよなぁ」

M子さん「三島は石原にもの凄い競争心を燃やしていたでしょ。太宰治は大嫌いだったみたいだけど。『実感的スポーツ論』のなかで、剣道を例にとって汗をかく快感をしらない文学者に侮蔑感を抱いていることをほのめかしているの」

C男君「剣道か。あの声、汗のにおい……、たまらんからな」

A子さん「たまらなくいいと感じるの。それとも我慢なら無いくらいやなの?」

C男君「その道にはいれば、いいほうだろ」

M子さん「三島は、剣道の嬌声と汗のにおいは嫌いだったのよ。でも、肉体に自信を持つようになってなんとも言いがたい快感を知るわけ」

A子さん「つまり、男に目覚めたってわけね」

M子さん「先生は、そうした三島に興味を持っておられたみたい。もちろん三島にボディビルを指南した玉利さんは、ずっと三島を見守っていらしたらしいの。で、とくにボクシングを始めたときに、それだけは止めた方がいいと進言なさったそうよ」

C男君「そうなのか」

M子さん「進言を聞いたかもしれないけれど、ボクシングはすぐ音を上げたらしいわ」
コメント
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