日本語学校からこんにちは ~水野外語学院~

千葉県市川市行徳にある日本語学校のブログです。日々の出来事、行事、感じたことなどを紹介しています。

「教室から黙って出ていかないということ」。

2012-02-02 08:50:15 | 日本語の授業
 快晴。今朝も寒い。そしてカラカラのお天気です。
今朝、学校へ来る途中、いつもの角を曲がりますと、道で、何かがさっと跳んだような気がしました。「スズメ(雀)」の群れです。例の、お宿があるらしくいつもこの辺りで群れをなしている「スズメ」たちです。それが、まん中を空洞にして、跳んだのです(「飛ぶ」ではなく、「ジャンプ」です)。
 
 見ると、その空洞のまん中に「ヒヨドリ(鵯)」がいました。んんんん…、これは「ヒヨドリ」に攻撃されているのではあるまいかと、立ち止まって(「スズメ」の助太刀をせんものと)よくよく見てみますと、「ヒヨドリ」は、別に、彼らに害を与えるでもなく、どちらかと言えば、ややぼんやりしているような様子(どうしても、「ヒヨドリ」はいじめっ子のイメージがついて回るので、そう思ってしまうのですが)。それどころか、首を伸ばして雀に近づこうとしています(まるで「遊んでよ」とでも言いたげに)。まあ、日頃が日頃ですから、当然のことながら「スズメ」たちは、一定の距離以上には近寄らせようとはしません。

 ちょっと様子がわかりましたので、道を急ごうと(その輪の中に足を踏み入れますと、小鳥たちは一斉に飛び立ちました。「ヒヨドリ」も飛び立って、近くの「サザンカ(山茶花)」の木に隠れます。すると驚いたことに、一羽の、これは若鳥のように見えたのですが、それ(「スズメ」)がヒヨドリの後を追って、「サザンカ」の木の根元に飛び込んだのです。しかも目は「ヒヨドリ」を見つめ、羽を膨らませながら、今にもそばに飛んでいきそうです。

 「ふーん、こんなこともあるのだ」と、垣根を超えた友情に感じ入りながら(全くの「憶測」ですが)、今日も一日が始まります。

 さて、学校です。
教師が気をつけておかなければならないことの一つに、授業内容には、「今、身に付けておかねばならぬこと(今日学んだことの一部)」と、「一ヶ月後、あるいはもっと時間がかかるかもしれませんが、もう少し後で、できるようになっていればいいこと」とが、あるのだということです。だから、つまり、教師は、理由もなく焦ってはいけないのです。

 この人達(学生)の、これほどの資質(年齢、学歴も含みます。ただ学歴というのも、勉強するのに慣れているという程度のことです)であったら、これくらいであろうなと、その予測がつくようになるのは、確かに年期が必要でしょうし、教師としての資質も関係してくるでしょう。が、それでも三年以上同じ職に就いていれば、だいたいの見当というのは、だれにでもつくものです。

 ただ、この資質というのも、ある意味では非常に大雑把な言い方で、生来の能力と、後は環境による習慣とがごちゃごちゃに入り交じっているので、最初は、見分けがつきにくいのです。ですから、最初は、「とんでもない。全く覚えられない」と思っていても、この学校で、授業中は、ジッとすわっているのだとか、皆で一緒に声を出して練習するのだとかやれるようになるうちに、少しずつではありますが、かつての環境によるものは剥げていき、新しい習慣が育っていきます。すると、「あれ!この人はこんなにできていたかな」と思えるようなこともあったるするのです。

 もちろん、こういうことは一朝一夕にはできませんが。

 先週か先々週のことです。「Eクラス」で、非常に厳しく叱ったことがありました。以前から、ベトナム人学生のことで、とても困っていることがありました。彼らは、この学校でも、授業中に携帯電話で遊んだり、ふっと勝手に席を立ってどこかへ行ってしまったりすることがあったのです。その都度、注意してきているのですが、いわば母国にいる時からの習慣なのでしょう。一昨年に来た何人かの学生がそうで、いくら注意しても治らない(最初に受け入れた時には、ベトナム人の様子がわかりませんから、いわば、観察期間でした。その時はどうしてこうするのだろうと、だまって理由を探ろうと見ていました)。

 ところが、果ては、休憩時間に(教師に)判らないないようにトンズラしてしまうのです。(玄関の前に職員室がありますから)それに気づいたら、すぐに教室に戻したりしていたのですが、そうすると、ある学生は窓から逃げていたりして、手に余るような状態でした。

 それを、どこかできっちりと片をつけて(つまり、彼らの、その、習慣というか,悪しき伝統というか、それをすぱっと切って捨てて)おかねばならないと、新しいベトナムの学生たちが来る度に、始めに、厳しく言っておくのですが、何と言っても、困るのは、(学生たちはそういう状態でありますから、そのまま元のクラスで学び続けられないので)もう一回やり直すために、下のクラスに行き、そこで授業を受けるということになってしまうのです。

 水は低きに流れるものですから、だいたいが同じような境遇であり、おなじような生活習慣であり、同じ程度の学習能力の持ち主達ですから、そっち(低き)に流れてしまい、なかなか、それを、断ち切ることができませんでした。

 それが、「Eクラス(一月生)」のクラスで同じことをやったものですから、「今度は、たまるか」と、私の方が「火のようになって」怒ったのです。すると、翌日、彼女が、「先生、トイレに行ってもいいですか」と(おそらくはまた電話をするのだろうなとは思いましたが)私に断りを言ったのです。おお!でしたね。その時間中に、もう一度彼女は私に訊いたのですが、その時は本当にトイレだったと思います。それからもう一人の学生もそうしましたし、「一月生」の一人も同じように、出ていく時に私に断りを言ってから行きました。

 これまでも、どの教師も、毎回毎回、言ってきたことなのですが、それがなかなか守られなかったというのには、理由があります。ある意味では、彼女たちは非常に素直なのですが、その素直さが裏目に出てしまうのです。毎日、学校に来て、毎日、同じように勉強していれば、おそらく、この学校ではこうしなければ、「やばい」ということが身を以て判り、そうするはずなのですが、如何せん、この「毎日来る」ということが、なかなか守れないのです。アルバイト先では皆ベトナム人でしょうし、寮でもそう。そうなると、毎日学校に来ない限りは、日本語学校での日本語というのは、彼らの中では、完全に「点で浮いた存在」でしかなくなってしまいます。つまり、忘れるのです、叱られたことを、その内容を、簡単に。

 それから、もう一つ。これは昨日のことです。「Dクラス(七月生、十月生)」というのは、私たちから見て(去年の段階で)、彼らから(その習慣は)切れるかなと思っていました。実は、これまでのベトナム人学生と違い、勉強に意欲のある学生が比較的多かったのです。ただ、このクラスでも、「七月生」「十月生」だけというわけにもいかず、上級生が含まれていたので、やりにくかった面はあるのですが。つまり、まじめでも、まだ日本語ができないので、三ヶ月前に既に来て学んでいた学生に対して、これまで、それほど強い態度が取れないでいたのです。

 ところが、昨日、また上のクラスから来ていた学生が、何も言わずに席を立ったので、私がいつも通り叱り、どうして叱るかを説明しました。この時は別に「火」にはなっていません。ただ、もう、とても「面倒」だったのです。そういうことに時間を割かれるのが、堪らなく嫌だったのです。けれども、これは言っておかねばならないことです、どんなに面倒で嫌でも。そう思って私は言い、しかしその学生は、ヘラヘラしながら出て行きました。ところが、少し経って戻ってきた時、その場に残って勉強していた三人のベトナム人学生が、一斉に激しい言葉を彼女に浴びせかけたのです。

 私はベトナム語がわかりませんから、彼らが何を彼女に言ったのか判りません。けれども、彼女の顔色が、さっと変わり、それからあとずっと下を向いて、それまでは一緒に大声で練習していたのに、全く何も言わなくなってしまったのです。他の学生たちが、私の顔を見ながら、厳しく彼女に言っていた様子や、彼女の反応、それからもう外に出ようとしなくなったことなどから見て、多分、勝手に外へ出たことを彼女に厳しく注意したのでしょう。

 それは、日本ではしてはいけないということが、やっとクラスの空気として馴染んできたような気がします。これも、どの教師もが、その都度、口を酸っぱくして言ってきたことや、その意味がわかる程度にこのクラスでは日本語ないし日本人教師に対する知識が増していたことなどが関係しているのでしょう。

 もとより、何事も一歩一歩。毎回、こういう糠喜びめいたもの(私たち教師が、です)を繰り返し、そしていつか(卒業までにそうしてほしいのですが)習慣になるのでしょう。

日々是好日

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