私が私であり、
私でしかない、ということは
時に
無常の喜びでもあり、
でも多くの場合
それは
私にとって
宿命のような哀しみでもある。
・・・・・そんなこと知ったこっちゃない?
そりゃそうだわね。
でもまぁ、聞きなさいよ。
それにしても
何故 私は私なのでしょう?
どんな偶然の集積が
私を私たらしめたのか。
いや、確かに「偶然」と「必然」は、
同じものを違う角度から見た結果でしかない。
「事実」は、ひとつしかないのだ。
どんな風に考えようと、
「私」が「私」である、という現実は、変わらない。
私が他人と比べてどうだ、とか こうだ、とかっていうことは
よく考えるまでもなく、
私には何の関係もないのだ。
しかし、
一回でいいから「他人」になってみたいもんだわよ。
そう思ったことない?