まつなる的雑文~光輝く明日に向かえ

まつなる兄さんのよしなしごと、旅歩き、野球、寺社巡りを書きます。頼りなく豊かなこの国に、何を賭け、何を夢見よう?

京都48番「浄瑠璃寺」~神仏霊場巡拝の道めぐり・112(当尾の石仏を眺めつつ、現世・来世の利益を願う)

2024年09月13日 | 神仏霊場巡拝の道

岩船寺の参詣を終え、暑い中だが浄瑠璃寺までは歩いて石仏の里をめぐることにする。当尾は岩船寺、浄瑠璃寺の二つの寺院がスポットになっているが、両寺院を結ぶ石仏群もウォーキングコースとして人気である。

別に順路があるわけではないが、岩船寺から浄瑠璃寺に向かうのがおすすめである。この順路だと基本的には下り道なのでそのぶん負担も軽減される。また浄瑠璃寺までの案内表示もポイントごとにあるので、手元に地図がなくても道に迷うことはない。

車道から離れて集落の中を進み、最後は階段を下りて最初の石仏である一願不動明王に着く。岩船寺の奥の院の修行場があったところとされる。鎌倉時代の作というが、近くで見ると表情もうかがうことができる。

次の石仏までは距離が短いが急な坂、あるいは緩やかな道なりに行くか二通りのルートがある。確か前回来た時は急な坂を下ったと思うが、今回はそのまま平坦な道なりに進むことにする。舗装しているようなしていないような山道である。まだまだ猛暑が続くが、奈良の街中と比べて標高が高い位置にいるためか、また山間のためか風が吹くと涼しく感じる。

そしてやって来たのは、岩に彫られた阿弥陀如来、観音菩薩、勢至菩薩の阿弥陀三尊。その表情から「わらい仏」と呼ばれている。岩が傾いているように見えるが、最初からこの状態で彫ったのか、後の自然災害で傾いたものか。

この辺りの石仏は鎌倉時代から南北朝時代にかけてのものが多いが、そもそもこの一帯に石仏が残されているのはどういうことからだろうか。平安時代頃から、世俗化した南都仏教を厭う僧たちがこの辺りに移り住み修行に励むようになったというが・・。

からすの壺二尊という、これも岩に彫られた仏である。二尊ということで阿弥陀如来と地蔵菩薩というが、正面からだと阿弥陀如来だけが見える。で、地蔵菩薩はというと・・左側に回り込んだその奥にある。元々は岩の左右対称に彫られたのではないかと思うが、長い年月の中で地形に変化が起こったのかな。

やがて浄瑠璃寺近くの集落に出る。コミュニティバスの停留所があり、時計を見ると間もなく浄瑠璃寺方面のバスが着くようだ。一日乗車券は持っているが、浄瑠璃寺は次の停留所だし、歩いても知れているのでそのまま向かう。

その車道沿いの藪の中にも石仏が残る。藪の中三尊摩崖仏といい、年代が確認できる中ではもっとも古いものという。ここにはかつて浄瑠璃寺の塔頭寺院があったそうだ。

最後は上り坂となって浄瑠璃寺に到着。ありとあらゆる焼き物、陶器が並ぶ土産物店を抜け、参道の奥の門から境内に入る。

浄瑠璃寺については岩船寺と同様、奈良時代に行基により開かれたとされているが、寺の記録によると、平安時代に義明上人が薬師如来を祀って寺を開いたとある。浄瑠璃寺の名前も、薬師如来がおわす東方浄瑠璃浄土にちなんでいる。

時代が下り、新たに本堂が建てられ、九体阿弥陀仏が本尊として祀られた。合わせて池を中心とした浄土式庭園が築かれ、池の東には元々の本尊だった薬師如来を祀る三重塔、池の西には九体阿弥陀仏を祀る本堂という造りになった。阿弥陀如来は西方極楽浄土がおわすところで、この庭園は東と西で此岸(現世)、彼岸という極楽浄土の世界を表している。

本堂(有料)では平安時代の作である九体阿弥陀仏が祀られている。2018年から5年計画で修復工事が行われており、前回訪ねた時は9体のうち2体が出されていた。それが昨年、久しぶりに9体が揃った。横長の本堂に、四隅に四天王と不動明王を従え、9体の阿弥陀如来像が並ぶのは圧巻である。

この「九体」とは、「九品往生」の考えを示すもので、生前の行いにより、極楽往生にも9つのパターンがあるという。上中下の「品」、そして上中下の「生」の組み合わせで、最上級は「上品上生」、そして最下級は「下品下生」である。今の「上品」、「下品」の語源ともされている。極楽往生に上品・上級やや下品・下級があるのかと思うが、生前の功徳によるものだという。もっとも、裏を返せばどんなあくどい者であっても「下品下生」として極楽往生できるという教えともいえる。「そうでない方はそれなりに写ります」という往年のCMコピーにも通じるものがある。

ちなみに、この「九品」にはそれぞれの印があるのだが、浄瑠璃寺の九体阿弥陀仏には特に違いが見られない。

本堂拝観の受付時に預けた朱印帳。墨書は「九体佛」とある。

この後、浄土式庭園を一周する。池には鯉、亀などが泳いでいて、えさをやる人がいるのか、池の前に立つとそれらが寄って来る。

三重塔から本堂方面を見る。前回は西国四十九薬師めぐりとして、こちらの薬師如来にて手を合わせた。その時、この寺の正式なお参りとしてまず現世(東方浄瑠璃世界)の薬師如来を拝み、そこから後ろを向いて池の向こうの来世(西方極楽浄土)の阿弥陀如来を拝む・・とあったのを思い出す。

庭園のベンチにしてしばらく休憩。

前回は変化をつける意味で、復路は浄瑠璃寺から近鉄奈良駅に出るバスに乗ったのだが、時刻表を見ると季節限定の運行であった。今回は木津川市コミュニティバスで加茂に戻ることにする。バスの時間まで少しあるが、暑いし、結構汗だくにもなったので木陰でしばらく休む。前回は、バスの待ち時間を利用して浄瑠璃寺周辺にあるその他の石仏もいろいろ回ったのだが・・。

コミュニティバスが到着。乗客は私一人で、途中から一人地元の人の乗車があっただけ。JRの駅と観光スポットを結ぶ足ながら乗客が少ないのが気になる。この日は猛暑で時季がよろしくなかっただけだと思いたいが、どうだろうか。

加茂に到着し、すぐに発車する大和路快速に乗車。この日(8月31日)の宿泊はJR奈良駅前・・・。

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