宇佐のスポットを回りつつ、これから第3番の清水寺に向かう。カーナビで目的地「きよみずでら」と入れるが、目指す清水寺にヒットしない。おかしいなと思いつつ、スマホで調べた電話番号を入れるとようやくヒットした。その読みは「せいすいじ」が正しかった。
「清水寺」という名前の寺は全国に点在することは知っていた。文字通り、清らかな水にゆかりのある寺もあれば、京都の清水寺にあやかったり、清水の舞台を模した造りの寺もある。西国三十三所でも京都の他に加東市にも清水寺があるし(こちらは「播州清水寺」と呼ばれている)、近畿三十六不動めぐりでも大阪・四天王寺の近くに清水寺があった。中国観音霊場めぐりでも安来の清水寺に参詣した。
そしてこちら九州西国霊場には、「清水寺」は3ヶ所ある。一つ目がこれから向かう清水寺(せいすいじ)、福岡のみやま市にある第16番・清水寺(きよみずでら)、そして長崎市にある第25番・清水寺(きよみずでら)。
「清水寺」は全国で100近くあるそうで、それらの寺院で「全国清水寺ネットワーク」というのを構成している。こうなると「全国清水寺めぐり」という新たな札所めぐりを・・・いや、しませんよ。
この清水寺は、九州西国霊場を開いたとされる仁聞による創建と伝えられる。六郷満山の元を築いた仁聞ゆかりということで元々は山岳信仰の寺だったが、平安時代後期に平重盛が京都の清水寺の十一面千手観音を勧請して伽藍を開いた。後に曹洞宗に改宗し、現在に至る。
戦国時代には大友宗麟の兵火で焼失したが、江戸時代にこの寺を訪ねた木下宗連が、仏殿等が荒れているのを嘆き、中津藩の小笠原家に請願して再建された。現在の本堂はその時のものである。まずは本堂の前にてお勤め。
本堂の脇に雲水姿の種田山頭火の像が立つ。「岩かげ まさしく水が 湧いている」の句が添えられている。山頭火の書簡に「今朝、中津を立って途中九州西国第二番長谷密寺、第三番清水寺参拝、しみじみ閑寂の気分にひたることができました」と記されている。
その奥にまさしく水が湧いている。これは汲んで飲んでも問題ないだろう。ペットボトルを開けて1本分いただく。こちらの清水寺は京都の清水寺とも関連するし、こうした清らかな水もある。
さて朱印をということだが、本堂の扉は鍵がかかっている。納経所らしきものも見えない。隣接して住職のお宅だと思うが、こちらで訊いてみようか。
インターフォンを鳴らすと「どうぞ」との返事があり、中に入る。普通の玄関である。かなりのご年配のご婦人が出てきたが、九州西国の朱印をと言うと住職を呼ぶ。
「どうぞ、おかけになって」と三和土にある椅子を勧められる。待つうちに、「どうぞ、お召しになって」と麦茶とお菓子が出る。ちょっと世間話を。
丁重に送り出されて清水寺を後にする。この次は第2番の長谷寺。清水寺から長谷寺とは、西国三十三所の名刹リレーのようだ・・・。