まつなる的雑文~光輝く明日に向かえ

まつなる兄さんのよしなしごと、旅歩き、野球、寺社巡りを書きます。頼りなく豊かなこの国に、何を賭け、何を夢見よう?

第31番「花岳寺」~新西国三十三所めぐり・27(赤穂浅野家の菩提寺と大石家の守り仏)

2017年02月18日 | 新西国三十三所
話が変わって新西国めぐり。客番も含めて38ある札所も3分の2が終了している。結構観光で有名でも実は行ったことがなかったり、存在じたい初めて知ったところも多い。別に期限を切っているわけではないが、満願に向けて楽しみたいところである。

さて、27ヶ所目となるのは赤穂の花岳寺。兵庫県の西の端である。ちょうど播州赤穂駅と赤穂城跡、大石神社の間にあり、駅から徒歩圏内である。ここに行くなら赤穂城跡、大石神社と合わせてのいわば「忠臣蔵」の日帰り旅のようなものだ。そもそも、花岳寺も忠臣蔵とはつながりが深い。また、この2月という時季には、赤穂の名物である「アレ」もいただきたいところだ。

2月11日の建国記念の日、いざ播州赤穂まで討ち入り、もといお出かけということで、「冬の関西1デイパス」を購入する。天王寺から播州赤穂となれば、通常の往復運賃より安くなる。このパス、遠方に行くなら往復で元が取れるので使いでがある。朝の6時台に大阪を出る列車は快速で、西明石からは各駅に停車するので結構時間がかかる。

姫路のえきそばで朝食とした後、姫路発の播州赤穂行きに乗り継ぐ。この日、鳥取や兵庫北部は記録的な積雪で、山陰線では列車が1日立ち往生したり、大阪からの特急も運休したりと散々な状態である。こちらからは出かけることができないが、あちらに出かけていた人が帰って来られない状況である。城崎温泉ですら、帰りの列車に乗れず立ち往生した宿泊客がたくさんいたようである。・・・という状況だが、瀬戸内側のローカル列車は普通に動いている。同じ兵庫でも、城崎温泉と赤穂では対照的である(そうしたところが兵庫県の多様性の一つであり、嫌いではない)。

9時12分に播州赤穂着。改札を出たところから忠臣蔵一色である。現在国営放送でやっているドラマのポスターもある。

また、「忠臣蔵を大河ドラマに」のポスターや駅前の横断幕もある。2020年放映分を目指しているとのことだが、これまで何回もテーマとなっているのにまた?という感じである。周りの武士たちにスポットを当てたドラマは大河でなくても時代劇で取り上げられているし、よほど斬新な切り口でなければヒットしないのではと思う。吉良上野介を主役にするのもどうかと思うし・・・。

ともかく花岳寺に向けて歩く。途中、松の廊下事件を知らせる急使が息継ぎをしたとされる井戸を過ぎ、門前町のような小さな商店街を抜けると山門である。

花岳寺の歴史は他の札所に比べると新しく、江戸初期に常陸の笠間から赤穂に国替えとなった浅野長直が浅野家の菩提寺として建てたのが始まりである。まずはお参り前に手水に向かうが、水琴窟がある。大石内蔵助も水琴窟を愛でたそうだ。義士の人形に水をかけると、それが流れて独特の音を出す。

横には鐘楼があり、「鳴らずの鐘」と呼ばれる。討ち入りを果たした義士たちが翌年に切腹をしたことを聞いた赤穂の人たちは、花岳寺の鐘を打ち続けて冥福を祈ったが、あまりに打ち過ぎたので鐘が鳴らなくなったという。その後造り替えられて今は普通に鳴るが、伝説が残っている。

そして正面の本堂に向かう。新西国のご詠歌の額が掲げられ、浅野家、そして大石家の家紋が入った幕をくぐって中に入る。寺というより屋敷の玄関に立った感じがする。天井には安政の頃に赤穂の画家が描いた虎の絵がある。結構大きくて写真に収めきれない。ともかくここでお勤めを行う。

本堂の横に拝観受付と納経所がある。奥には宝物館や義士たちの墓があるので見ておくことにする。拝観と一緒に納経帳を出すと、中にいる間に筆を入れておくと言われた。それだけでなく、拝観順路について詳しく説明してくれた。その中で教えられたのが、本堂に祀られているのは釈迦如来であり、新西国の千手観音は中の義士木像館に祀られていること。で、その千手観音は全長10センチほどだが、大石家の守り仏だったという。曹洞宗の寺で新西国の観音霊場に「選抜」されたのは、やはり忠臣蔵関連だったということか。

まずは宝物館に入る。撮影禁止なので画像はないが、浅野家代々の藩主の肖像画や、大石内蔵助、主税親子をはじめとした義士たちの所蔵品、直筆の書画、手紙などが展示されている。

そして義士木像館。正面に祭壇があり、確かに小さな千手観音が祀られている。これは仏壇に飾っておくというより、大石家では代々戦の時に懐に入れていたのだろう。内蔵助が討ち入りの時に身につけたかどうかはわからないが。そして、両側には表門隊、裏門隊の木像が並ぶ。義士の三十三回忌から百回忌にかけて彫られたという。どことなく人形を思わせる表情が素朴な感じがする。ここが新西国の観音ということならばと、もう一度お勤めを行う。両側から義士たちに見守られているようで妙な感じだ。

続いて本堂裏の墓地。ここには歴代の浅野家藩主や、義士の家族たちの墓石がある。浅野家をはじめとして武士階級の人たちの寺だったのかな。ただ、浅野内匠頭の墓石はない。

これとは別に義士たちの墓がある。討ち入りへの処分の意味で、三十七回忌までは墓を作ることが許されなかった。その後で、浅野内匠頭を中心に、両脇に大石内蔵助、主税親子、そして周りを義士たちが役職順に並ぶという墓地ができた。戒名の間に、切腹を意味する刃の文字が入る。ただし、唯一切腹を免れた寺坂吉右衛門の墓石にはそれがない。

なかなか見所があった花岳寺。「しっかりお参りいただけましたか?」と納経帳を受け取る。まだ10時だが、ここで今回の新西国めぐりは終了。境内の休憩所で次の札所選びである。

1.高槻(安岡寺、神峯山寺)

2.貝塚(水間寺)

3.大阪市内(太融寺、鶴満寺)

4.京都市内(誓願寺、大報恩寺)

5.龍野(斑鳩寺)

6.比叡山(横川中堂)

そして出たサイコロの目は「2」。この水間寺は有名だが実は行ったことがない。ようやく、その機会が訪れた。

さて、先に「今回の新西国めぐりは終了」と書いたが、別にすぐに大阪に帰るわけではない。せっかく赤穂に来たのだから・・・・。
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