まつなる的雑文~光輝く明日に向かえ

まつなる兄さんのよしなしごと、旅歩き、野球、寺社巡りを書きます。頼りなく豊かなこの国に、何を賭け、何を夢見よう?

雨の五箇山

2006年10月14日 | 旅行記D・東海北陸

10月8日の早朝、富山駅に向かう。昨日の大雨の影響で寝台列車が遅れていたり、北越急行線が運転を見合わせるようだとか、改札口に貼り紙がなされている。そういえばこの荒天で、太平洋ではあるが貨物船が転覆するなどの海難事故が相次いだとニュースで言っていた。

P1011221 この日はまず、富山から高岡に移動する。高岡も産業の町、駅も「鉄道」の香りがするのでなかなか好きなところである。ここからは南に向かう城端線に乗る。「常花線」というのがキャッチフレーズになっているようだ。ワインレッドの塗装はこの城端線と氷見線独特のものだ。

砺波平野を南下する。高岡を出る時は雨は降っていなかったが、今日の予報は雨のち曇り。前方にそびえる白山の山々の上空には分厚い雲が垂れ込めている。

P1011222 終点の城端着。今日はここからさらに山の中に分け入り、世界遺産の五箇山に向かうのである。7~8年くらい前だったか、ちょうど五箇山や白川郷が世界遺産に登録されて間もないころに、五箇山の菅沼集落と、相倉集落を訪ねたことがある。今日は時間的なこともあるので、菅沼と相倉のいずれか1ヶ所を訪ねることにする。

城端の駅前に五箇山経由の白川郷行きのバスがやってきた。高岡方面からやってきたバスの乗客は5人、城端から乗ったのは私とカップルの旅行者の計3人。いずれも世界遺産めぐりと思われる旅行者風情である。

発車の時間だが、運転手がバスを降りて携帯で何やら話をしている。そして車内に顔を出し、「皆さんどちらまで行きますか」と訊く。私を含め、「白川郷」「五箇山」というのが全員の答え。すると運転手いわく、「この先の道路が、昨日からの大雨で大型の通行規制が行われているとのことで、通常のルートでは五箇山を通過できないようだ。それでこの先の運転をどうするかを会社と相談しているのだ」と。

そこで出た仰天のプラン。一旦、東海北陸自動車道の福光インターに戻り、東海北陸自動車道で次の五箇山インターまで高速走行。五箇山インターに近い菅沼に立ち寄り(この結果、国道で手前にある相倉には行かない)、その先白川郷まで行くという。菅沼までの途中の区間は「運休」となるが、どうせ途中の利用などないのであろう。この区間のバス、1日4往復だけ。五箇山と白川郷に行く観光客専用のようだ。

P1011223 というわけで、路線バスの車両で高速道路をぶっとばすという体験をすることになった。長いトンネルをくぐる。深い深いと思われた五箇山へもトンネルのために一直線だ。トンネルを抜けると雨雲の中で、激しい雨が降っていた。

五箇山の菅沼着。ここまで来た8人のうち、1人を残して全員が降りる。ダイヤ上ではこのバスが白川郷まで行って、城端・高岡方面への折り返しの菅沼発は11時過ぎとなっているが・・・・。

P1011242 世界遺産の菅沼集落。庄川のつくる深い谷に包まれた、10戸ほどの合掌造りの家屋が並ぶ小さな集落である。日本昔話の世界だ。以前、相倉集落を訪ねたときに、「世界遺産っていうけど、なんだオレの田舎と同じじゃないか。どこが世界遺産なんだ」と観光客が話していたのを思い出す。世界遺産といえば神社仏閣や城郭建築などが挙げられるが、その一方で、昔ながらの風情を残す集落も「遺産」として後世に伝えられるものということか。

P1011233 集落の中には水田もあり、風雨のために稲穂が倒れてしまっているが、秋の風情である。このあたりの人たちはかつては加賀藩の塩硝づくりに携わっていたり、和紙作り、養蚕などで生計を立てていたとか。そんな産業を紹介した館もある。

集落自体は狭いので、バスの時間まで集落をぐるぐると何周かまわる。いろんな角度から合掌つくりの家を眺めることができる。すっかり日本の懐かしい風景を満喫する。都市文化が対象である「昭和ブーム」とは少々異なるが、懐かしい風景を訪ねたいという欲求は人間の心としてあることなのだろう。

P1011250 それにしても山の中で大雨が降ったかと思えば急に青空が見えたり、そしてまた強く降ったり、変わりやすい天気だ。

さて、帰りのバスである。ただ今日の様子ではどうだろうか。とりあえずバス停に戻り、時刻表に書いてあるバス会社に電話するも、まずは「只今の時間はこの番号に・・」と音声案内。その番号に電話すると「ウチは高岡だから状況はわかりません。砺波の事務所を案内するのでそちらへ・・」。砺波に電話すると「運転手と連絡が取れないから、わからん。連絡取ってみるから、また電話して」と言われる。1日4往復のローカルバスだけに対応ものんびりしたものだ。

そこへ、私と同じ城端からバスに乗ってきたカップルの旅行者、そしてもう一人の旅行者がやってきた。どうやら彼らも城端・高岡方面に戻るようだ。彼らも同じようにバス会社に連絡をとっていた。ここでもう一度情報を整理すると、通常ダイヤに戻るのは午後の便からで、私たちが乗るつもりにしていた11時過ぎの便はすでに高速道路で城端まで戻っており、菅沼にはやってこないということだ。白川郷行きのバスは、先ほどと同じように高速道路を使って菅沼に立ち寄るということだが・・。

そこで協議し、タクシーを呼んで城端に出ることにした。さすがにこの集落でもう何時間も過ごすのはちょっと持て余し、次のバスを待っていたのでは高岡に戻るのが夕方になる。それはちょっと避けたい。結局、カップルの旅行者と私の3人がタクシーに乗る。もう一人の旅行者は相倉に立ち寄りたかったそうだが、あきらめて白川郷までバスで行って、その便で折り返すという。高速道路を使い、城端駅まで7200円。3人で割って2400円。路線バスは1100円だったので割り増しになるが、よくこの額で抑えられたなというところか。

城端駅には、先ほど菅沼まで乗ったバスと、見覚えのある運転手が待っていた。このバスはあの後、白川郷まで行き、そのまま高速道路で城端まで戻り、城端からは通常ダイヤで運転するとか。やれやれ。

城端線の便が合わないので、このバスで高岡に戻る。ようやく雨がやんだ。高岡では氷見線や万葉線に乗ったり、古い町並みを歩く楽しみがあるのだが、今日のところは国宝の瑞龍寺に参詣するのみにし、富山に戻る。

P1011229 今日は菅沼集落のみだったが、この次は相倉、そして、未踏の地である白川郷にも行ってみたいものである・・・・。(続く)

コメント

長野から富山へ

2006年10月14日 | 旅行記D・東海北陸

しなの鉄道にて長野にやって来た。ここで少し時間があるので、100円のコミュニティバスに乗って善光寺へ。

P1011194 善光寺に参詣するのも久しぶりである。門前町の雑踏を抜けると、巨大な工事中のフェンスが正面にたちはだかる。重要文化財の三門が大修復工事中とか。あの「善光寺」という巨大な額が飾られている門である。何でも10億円以上の工費がかかるとか。重要文化財を維持するのも難しい。

P1011196 本堂はこれまで通り拝観できるので、大勢の参詣客に交じり手を合わせる。・・・とここで「戒壇めぐり」にも挑戦せず、そのまま本堂を後にする。本日は次の列車までの立ち寄りである。この次は三門の修復が終わり、新しい姿になった時にまた来るとしよう。

P1011202 次の列車は信越線を行く「妙高号」である。直江津までの各駅に停まるのだが指定席もあるという列車。車両はかつて「あさま」として碓氷峠を越えていた189系である。「乗り放題きっぷ」で特急型車両に乗れる。またガラガラなので、前のシートを回転させてどっかりと腰をすえる。

そろそろ実のついたリンゴ畑の中を走り、妙高の山の中へと分け入っていく。すると、これまで何とか持っていた空模様が崩れはじめ、そして本降りになった。川の水量も増えており、またところどころ土砂が崩れている箇所も見られる。日本海側、そして北日本と大雨の前線が居座っているようだ。まだ時刻は14時くらいなのに、もう夕方か、あるいは冬かと思うような空の表情である。

P1011204 直江津から北陸線に出る。通常、このあたりの北陸線の車両は、白地に青色の帯を巻いた塗装なのだが、これから乗る富山行きは、かつての、赤茶色とクリーム色のツートンカラー。かつて、本当に急行として走っていた時の姿であり、これも昨今の懐かさのブームによるものだろうかと思う。乗ってしまえば他の車両と変わったところはないのだが・・・。

P1011205 直江津は名物駅弁の多いところだが、遅めの昼食を兼ねて「鱈めし」を買い求める。棒鱈と鱈の子の親子めしで、日本海の風味が感じられるおススメの一品。これを、北陸線の車窓と共に味わう。

その日本海だが、実に波が高く、風雨ともに強い。海の色も濁っている。私が車窓の写真を撮っていると「今日はほんま荒れとるなあ」と、横のボックスに座っていたおばあさんが独り言のようにつぶやく。

P1011206 難所である親不知を通過。海上に突き出た高速道路はそれでも通行止めにはなっていないようで、そろそろと走り抜ける自動車の姿もある。ハンドルを握るのは怖いだろうな。

その後、降ったりやんだりを繰り返し、富山に着く。今回の旅の宿は、市内電車の桜橋電停すぐの「富山マンテンホテル」。これまでの旅の経歴を振り返るに、北陸三県(富山、石川、福井)の中では、富山に来ることが多い。今回の旅の目的地自体も富山である。私の中では金沢よりも富山のほうが馴染みがあるし、どちらかに泊まるとなれば富山を選んでいる。

P1011210 ホテルは団体客などでごった返していたが、与えられた部屋はシングル料金だがダブルベッドとゆったりしている。しばらく休憩した後、繁華街に飲みに行こうとホテルを出る。すると、それまでは雨がやんでいたのが急に叩きつけるような大雨。この雨の中歩いていくのも面倒だし、今回の旅ではもう1泊するのだからと、街歩きはあきらめ、ホテル内の魚料理の店「鯛家」へ。富山湾の白えびの造りと、ホタルイカの沖漬などを賞味。

P1011214 そして締めは、部屋に戻り、あらかじめ富山駅で仕入れていた、株式会社源の「ますのすし」と、「銀嶺立山」の冷酒。ただこの写真、よくご覧頂きたいのだが・・・。旅先やあるいは駅弁大会などでよく目にする「ますのすし」のラベルは、白と紺の箱になっているかと思うのだが、本日私が味わおうとしているのは、なんと「特選ますのすし」というもの。普通の「ますのすし」が1300円であるのに対して、「特選」は1700円。

で、普通と特選ではどう違うのかと味わってみたのだが・・・・。翌日に味わった普通のますのすしとの比較では、ますの脂の乗り具合が違うのかなと感じられたが、正直自信が持てない。「芸能人格付け」ではないが、外装を取られて中身だけで見分けろと言われても、どっちがどっちかわからないだろう。さも知ったような口を聞いていて、実は思いっきり逆を選んでいたら・・・てなもんである。

「マンテンホテル」から「満天の湯」行きの送迎があるという。ネット予約での宿泊客には入浴券がサービスでついており、利用することに。ホテルの東側、5分くらい走らせたところに「満天の湯」はあった。地元客だろうか、広い駐車場はほぼ満車。ちなみに、富山地鉄の不二越駅のまん前にある。

P1011212 「満天の湯」という名前だけあって、「黒部の湯」という名前の浴槽からは空が眺められる(もっとも今夜は雨がぱらつき、満天の星が見えるというわけにはいかないが)。広い露天風呂はじめ、薬湯、ジェットバス、塩サウナなど各種浴槽が備えられており、ここならば何時間でも温泉気分を満喫できる。一日の疲れを落とすにはもってこいだ。ここも富山のお気に入りスポットになりそうである。

これで1日目は終了。明日も富山を基点に動くことになる。天気が回復してくれればいいのだが・・・。(続く)

コメント