クラシック音楽オデュッセイア

2009年の大病以来、月1回程度の更新ペース。クラシックに限らず、身の回りの事なども、気の向くままに書いております。

歌劇<オイリアンテ>(1)

2006年07月14日 | 作品を語る
前回の<アブ・ハッサン>に続いてもう一つ、ウェーバーの歌劇をこの機会に採り上げてみることにしたい。あの<魔弾の射手>以上にワグナーを予見させるオペラ、<オイリアンテ>(1823年)である。しかしこれは、ほとんどのクラシック・ファンにとって、「序曲だけしか知らないオペラ」の典型例ではないかと思われる。かく言う私も、この作品の全曲CDを一組購入したのはつい昨年のことであった。フリッツ・シュティードリーという人の指揮による1955年のBBC・ライヴで、廉価のAndromedaレーベルから発売されたものだ。その安い値段からして当然のこととはいえ、そこには歌詞対訳はおろか解説等も一切付いていない。あるのは、トラック番号の振り分け一覧だけである。しかし幸い、このオペラのあらすじ紹介をしてくれている英語のサイトがネット上で見つかったので、それを読んでおおよその流れをつかみながら、全曲を聴くことが出来た。

以下、上記のCDを聴いた時のメモを材料にして、歌劇<オイリアンテ>の概要を追ってみたいと思う。今回はまず、そのうちの第1&2幕の内容について。なお、これはフランスが舞台になっているオペラではあるのだが、主人公の名前がドイツ語読みなので、他の登場人物についてもそれにあわせることにした。

―歌劇<オイリアンテ>のあらすじ

〔 第1幕 〕 国王ルートヴィッヒ(=ルイ)6世の宮殿。

序曲と開幕の合唱に続いて、アドラール伯爵(T)が国王(B)と少し言葉を交わす。それから彼は、自分の許婚であるオイリアンテ(S)の美しさと徳を讃える歌を歌い始める。「オイリアンテ、万歳!」という合唱がそれを受けた後、リシアルト伯爵(Bar)がやって来て、アドラールのことをせせら笑う。彼はさらに、オイリアンテを篭絡(ろうらく)してみせようかとアドラールを挑発する。どういう結果になるかを巡って、ついに二人はそれぞれの財産を賭けて争うことになった。

場面変って、アドラールの領地ネヴェール(Nevers)の宮殿。オイリアンテが、愛しいアドラールへの思慕を歌っている。そこへ、謀反人である父親を持つ悪女エグランティーネ(Ms)が登場。実はこのエグランティーネも内心、アドラールのことを想っている。アドラールの心をオイリアンテから引き離したい彼女は、巧みにオイリアンテに取り入ってその信頼を勝ち取る。そしてついに、アドラールとオイリアンテの間に隠されていた秘密の話を聞きだすことに成功する。オイリアンテはエグランティーネに、次のような打ち明け話をしてしまう。

{ アドラールの死んだお姉さん(または妹)は寂しいお墓の中に横たわっているんだけど、ある時、アドラールと私の前に姿を現したの。そして、「恋人が戦で殺されたので、私自身も指環に仕込んであった毒をあおって、自殺したのです」って言ったのよ。それから、「誰か無実の人が罪を着せられて、この指環を涙で濡らす時が来るまで、私の魂は安らぎを得ることがないのです」とも言ったわ。アドラールはこの出来事を“神聖なる義務”として、誰にも知られることがないようにと私に命じたの。 }

オイリアンテはこの秘密をエグランティーネにしゃべってしまったことを後悔するが、時すでに遅し。エグランティーネは、邪悪な笑みを浮かべる。やがて、オイリアンテを王宮まで案内するために、リシアルトがやって来る。

(※アドラールの声は、<魔弾の射手>に出て来るマックスに大体近い感じと言えるだろう。リリコ・ドラマティコのテノール。彼がリシアルトと賭けをすることになる場面でのやり取りは、このCDを聴く限りでは迫力がいま一つだが、もっと腕のよい指揮者がアップ・テンポで音楽を煽り立てれば、また印象が変ってきそうな気もする。)

(※ここで指揮をしているフリッツ・シュティードリーは、マーラーの助手を務めながら指揮法を学んだ人だそうで、私生活ではあのシェーンベルクの親友でもあったらしい。存命中はきっと、歴史の生き証人みたいな人だったのだろう。ドレスデンやベルリン市立歌劇場など、各地のオペラ・ハウスで経験を積み、1946年からはメトロポリタン歌劇場に移って、ドイツ・オペラを中心に担当する人になったそうだ。生まれたのは1883年で、他界したのは1968年。この<オイリアンテ>ライヴは最円熟期の録音ということになりそうだが、演奏を聴く限りで言えば、せいぜい中堅どころの指揮者だったのではないかという気がする。)

(※当CDでオイリアンテを歌っているのは、若き日のジョーン・サザーランドだ。意外に重い声なので、ちょっと驚く。調べてみたら、彼女はもともとドラマティック・ソプラノとしてキャリアを開始していて、オイリアンテのような比較的重い役を最初は歌っていたらしい。そして1954年に、彼女は指揮者のリチャード・ボニングと結婚した。以来ボイス・トレーナーを務めるようになった夫のボニング氏が、コロラトゥーラとしての素質を彼女の声に見出し、その方面への転身を促したのだそうである。それからトレーニングを重ねた彼女が華やかな転向を果たしたのは、1958~59年のことになるようだ。その意味では1955年のこの録音、一般にはあまり知られていないドラマティック・ソプラノ時代のサザーランドの声が聴けるという点で、ちょっと貴重な物かもしれない。ただし、ここでの彼女の歌は必ずしも名唱とは言い難いのが玉に瑕だが・・。)

〔 第2幕 〕

リシアルトは、オイリアンテを陥れようという企みをあきらめかけていた。するとエグランティーネが指輪を持って墓から現れ、オイリアンテから聞き出した秘密を彼に教える。一方、華やかな集会が行なわれている王宮では、序曲でお馴染みのメロディが出て来る幸福な歌をアドラールが歌い、オイリアンテとの二重唱がそれに続いているというところである。そこにリシアルトが現れ、自分は賭けに勝ったと宣言する。その証拠として彼は指輪を出して見せ、オイリアンテから秘密を教えてもらったのだと語る。オイリアンテは、そんなことはしていないと訴えたが、無駄であった。アドラールは自らの地位と財産を放棄すると宣言し、オイリアンテを引きずって森の中へと姿を消す。そこで彼はオイリアンテを殺してから、自らの命をも絶とうと考えている。   

(※歌劇<オイリアンテ>が最もワグナーを予見させる箇所は何と言っても、この第2幕である。まず前奏曲が劇的で暗い雰囲気を醸し出すのだが、その後間もなく聴かれるリシアルトの歌が凄い。歌詞対訳がないため、具体的な内容が分からなくて非常に残念だが、これはおそらくウェーバーがバリトン歌手のために書いた歌の中でも最も迫力に満ちたものであろう。当録音でリシアルトを歌っているオタカール・クラウスという歌手にはちょっと馴染みがないが、この歌を聴く限りで言えば、ドスの効いた声を使ってかなり良い雰囲気を出してくれている。続いてもう一人の悪役、エグランティーネが登場してからがまた凄い。二人の悪役による轟然たる二重唱は、ワグナーの<ローエングリン>に於けるテルラムントとオルトルートの二重唱の原型になっているものと言ってもよさそうだ。雰囲気がそっくりである。実際オペラ全体を見渡してみても、第2幕の前半部分が他のどこよりも圧倒的な感銘を与える箇所になっている。)

(※フランス語でいうeglantineは、「野に咲くバラの花」を意味する言葉なのだが、このオペラに出てくる野バラさんは何とも凄まじい女性である。シュティードリー盤で同役を歌っているのは、マリアンネ・シェッヒ。強靭な声を持った人だ。と言っても、これ以外で私がこの人の歌唱を聴いた例は、実は二つしかない。

一つは、カール・ベームの<エレクトラ>全曲・ドレスデン盤(G)でクリソテミスを歌ったもの。もう一つは、フランツ・コンヴィチュニーの指揮による<タンホイザー>全曲(EMI)でヴェーヌスを歌ったものである。前者は、驚異的な名演。そこではエレクトラを歌うボルクと母親役のマデイラがとにかく超人的なのだが、その二人に加えて、エレクトラの妹クリソテミスを歌ったシェッヒもまた素晴らしかった。凄すぎる二人に負けないほどの強い声を出しながら、なお且つ、「人並みの平和な暮らしを求める、穏健派の娘」という難しい役どころを絶妙に演じていた。一方のヴェーヌスは、逆に最低の代物。まず、コンヴィチュニーの指揮がひたすら安全運転に終始する凡庸なものであるため、せっかく揃った名歌手たちがちっとも燃え上がらない。フィッシャー=ディースカウのヴォルフラムがいつもながらの巧さを見せているのが目立つぐらいで、あとは皆さん、「そつなく、こなしました」というレベルで終わっている。その中にあっても、シェッヒのヴェーヌスは最低だった。役柄が把握出来ていなかったのか、録音時にたまたま調子が悪かったのかは不明だが、「いったい、どうしちゃったんですかあ?」と訊いてみたくなるぐらい、ひどかった。

そんな感じで両極端あった人のようなのだが、ここでは彼女の美点と欠点の両方が出ている感じである。美点は、声の威力。第2幕前半でのリシアルトとの二重唱は特に迫力満点で、エグランティーネという役はこの人のために書かれたんじゃないかと思わせてくれるほどだ。また、第1幕でオイリアンテから秘密を聞き出したあとに歌う邪悪な喜びの独唱など、ソプラノ並みの高音を力強く響かせる。一方、抑えた声でその性格を歌いだす部分では、表現に細やかさが欠けている。強い声の持ち主にありがちな現象だ。)

―さて、怒れるアドラールに引きずり出されたオイリアンテの運命やいかに?続く第3幕の内容については、次回・・。
コメント (5)
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