しばらくモーツァルト・オペラに没頭してきたが、ここで一旦、歌劇<オベロン>から始まったウェーバー関連の話に戻って、ちょっと補足しておきたい。
先頃語ったとおり、ウェーバーの歌劇<オベロン>の第1幕最後には、トルコの軍楽隊が行進していくという場面があった。ハイドン、モーツァルト、あるいはベートーヴェン等の作品にも例が見られるこの“トルコ音楽趣味”なるものは、ウェーバーの場合、若書きの短編歌劇<アブ・ハッサン>(1811年初演)に最もよく反映されているように思われる。今回は、その<アブ・ハッサン>のご紹介。これは演奏時間にして約50分そこそこの短い作品で、中身もまた、非常にお気楽なコメディである。
―歌劇<アブ・ハッサン>のあらすじ
所はバグダッド。トルコ音楽の雰囲気を取り入れた短い序曲に続いて、金遣いが荒いため金欠状態に陥っている男アブ・ハッサン(T)と、彼の愛妻ファティメ(S)の楽しいやり取りが始まる。「ワインを飲みたいよー」「あら、お水がほしいのね」「違うよ、ワインだってば」「ダーメ。マホメット様がお禁じになっているんだから。じゃ、お水ね」「頼むよー、ワイン」「何か歌ってあげようか」。(※この「ワインの二重唱」で早速、序曲でも提示されていた弦楽器によるトルコ風のテーマが聴かれる。)
多額の借金でどうにも首が回らなくなっているハッサンだが、彼に突然名案がひらめく。「そうだ、僕ら死ねばいいんだ」。びっくりする妻に、ハッサンは説明を始める。「まず先に、僕が死んだことにする。で、君は太守のお妃様のところへ行って、お葬式代をもらってくるんだ。それから次は、君が死んだことにする。今度は僕が、太守様のところへ行って、君のためのお葬式代をもらってくる。そのお金で、借金を払うって計画さ」。それを聞いたファティメは、「そのアイデア、素敵ねー」と、すっかり乗り気。この夫にして、この妻あり。そしてファティメがいそいそとお妃のところへ出掛けていくと、ハッサンは、「早速、お祝いのパーティをやろう」と上機嫌なアリアを歌い出す。
そこへ金持ちオマール(B)と、大勢の借金取りたちがハッサンの家にやって来て返済を迫る。実はこのオマールという男、いつか美人のファティメを我が物にしてやろうと虎視眈々。この男の下心を妻から聞かされていたハッサンは、それを巧みに利用し、「ファティメのためなら、お前の借金を俺が肩代わりして全部払ってやってもいいぞ」という言葉をオマールから引き出す。他の借金取りたちはお金を回収出来ることになるので喜び、オマールもまた、この借金証文を盾にして後でファティメに迫れるぞと考え、一同満足した様子で帰って行く。
やがてファティメが、お妃からいただいた「ハッサンのお葬式代」を持って帰宅する。そして愛を確かめ合う二人の、喜びの二重唱。(※このデュエット曲は小規模ながら、注目に値する佳曲である。前半部のロマンティックな雰囲気、そして後半部に入ってから出て来る弦の伴奏型など、もう堂々たるウェーバー節だ。)
続いて今度はハッサンが、太守様から「亡き妻のためのお葬式代」をいただくために出掛けていく。チェロ独奏のオブリガートを伴うアリアでファティメが夫への愛を歌っているところへ、オマールが出現。彼は借金の証文を盾にしてファティメに迫り、ついに彼女の唇を奪う。そこへ、首尾よくお金をいただいてきた夫のハッサンが帰宅。オマールは真っ青になって、戸棚に隠れる。
やがて、太守の召使メスルールがハッサンの家を訪ねてくる。「太守様は、ファティメさんが死んだとおっしゃる。しかし奥様は、死んだのはハッサンの方ですとおっしゃる。そこで太守様ご夫婦のお言いつけで、私が確かめにまいりました」。そこでファティメが死んだふりをして寝そべり、ハッサンが彼に対応することで、二人は急場をしのいだ。メスルールが去って二人がホッとしていると、今度はお妃の侍女ツェームルートがやって来た。「お妃様が納得いかないとのことで、私が確かめにまいりました」。今度は、死んだふりをしているハッサンの前でファティメがヨヨと泣いて見せ、ツェームルートを納得させる。しかしその後、さすがのファティメも、「こんな事をしていて、最後はどうなっちゃうのかしら」と不安になってくる。
すると賑々しいトルコ風の行進が響き、ついに太守自身が家来たちを連れてハッサンの家にやって来た。ハッサンもファティメも、今度は二人とも揃って死んだふりをする。横たわっている二人を見て、太守が言う。「アブ・ハッサンとファティメ、どちらが死んだのかと妻と賭けまでしたが、こうして二人とも死んでいるのを見ると分からん。一体どっちが先に死んだのだ?それが説明できる者に、金貨1000枚を与えよう」。するとハッサンがガバッと起き上がり、「私が先です!ですので、金貨をいただきとう存じます」と叫ぶ。唖然とする太守に、ハッサンは続ける。「太守様のお慈悲で、生き返ることが出来ました」。続いてファティメも起き上がり、「私も生きています。ごめんなさい」と謝る。それからハッサンは、「苦しまぎれにやったことなのです。こんなたくさんの債権を盾にして、ある金持ちが私の妻に迫ってきたので、仕方なく・・」と、太守に釈明する。
太守は先の言葉通り、金貨1000枚をアブ・ハッサンに与えることにし、債権を盾にしてファティメに不倫を迫ったオマールへの処罰をほのめかす。そして、相変わらず戸棚の中で青ざめている哀れな金持ちをよそに、「太守様が訪れたこの家に祝福あれ」という全員の賑やかな合唱で、全曲の終了となる。(※この終曲は、序曲の冒頭で聴かれたトルコ風のテーマに乗った非常に景気の良い合唱曲である。モーツァルトの<後宮からの逃走>の最後を締めくくるあのゴキゲンな大合唱を、うんと小さくしたミニアチュア版という感じ。しかし大変残念なことに、この終曲の合唱は、演奏時間にしてたったの40秒!全曲でも50分そこそこの小さなオペラだから仕方ないのかも知れないが、これはもう少し長い曲に書いてほしかった。)
―以上が、歌劇<アブ・ハッサン>のストーリーである。「いいのか?こんな話で」とちょっと思わなくもないが、まあ、いいことにしよう(笑)。さて、私が聴いたこのオペラの全曲盤は、ハインツ・レグナーの指揮によるDENON盤(1971年録音)だった。演奏は、ドレスデン国立歌劇場のオーケストラと合唱団。アブ・ハッサン役のペーター・シュライアーと、金持ちオマール役のテオ・アダムは日本でもすっかりお馴染みの名前である。ファティメ役のI・ハルシュタインという人は、ちょっと分からないが・・。なお、セリフの部分は、それぞれ専門の俳優たちが担当していた。歌手陣の中では、とりわけシュライアーが好演だった。そして全体を統率するレグナーの指揮も、生き生きしていてとても良かった。アダムはいつもの通り、端正な歌いぶりを披露していたが、オマールという役のキャラからすれば、もう少しスケベったらしい表情を出してくれてもよかったんじゃないかなと思う。ファティメ役のハルシュタインは、演技のノリや重唱の合わせは良かったものの、ソロの曲はかなりつらかった。
―次回また、ウェーバーの歌劇をもう一つ。
先頃語ったとおり、ウェーバーの歌劇<オベロン>の第1幕最後には、トルコの軍楽隊が行進していくという場面があった。ハイドン、モーツァルト、あるいはベートーヴェン等の作品にも例が見られるこの“トルコ音楽趣味”なるものは、ウェーバーの場合、若書きの短編歌劇<アブ・ハッサン>(1811年初演)に最もよく反映されているように思われる。今回は、その<アブ・ハッサン>のご紹介。これは演奏時間にして約50分そこそこの短い作品で、中身もまた、非常にお気楽なコメディである。
―歌劇<アブ・ハッサン>のあらすじ
所はバグダッド。トルコ音楽の雰囲気を取り入れた短い序曲に続いて、金遣いが荒いため金欠状態に陥っている男アブ・ハッサン(T)と、彼の愛妻ファティメ(S)の楽しいやり取りが始まる。「ワインを飲みたいよー」「あら、お水がほしいのね」「違うよ、ワインだってば」「ダーメ。マホメット様がお禁じになっているんだから。じゃ、お水ね」「頼むよー、ワイン」「何か歌ってあげようか」。(※この「ワインの二重唱」で早速、序曲でも提示されていた弦楽器によるトルコ風のテーマが聴かれる。)
多額の借金でどうにも首が回らなくなっているハッサンだが、彼に突然名案がひらめく。「そうだ、僕ら死ねばいいんだ」。びっくりする妻に、ハッサンは説明を始める。「まず先に、僕が死んだことにする。で、君は太守のお妃様のところへ行って、お葬式代をもらってくるんだ。それから次は、君が死んだことにする。今度は僕が、太守様のところへ行って、君のためのお葬式代をもらってくる。そのお金で、借金を払うって計画さ」。それを聞いたファティメは、「そのアイデア、素敵ねー」と、すっかり乗り気。この夫にして、この妻あり。そしてファティメがいそいそとお妃のところへ出掛けていくと、ハッサンは、「早速、お祝いのパーティをやろう」と上機嫌なアリアを歌い出す。
そこへ金持ちオマール(B)と、大勢の借金取りたちがハッサンの家にやって来て返済を迫る。実はこのオマールという男、いつか美人のファティメを我が物にしてやろうと虎視眈々。この男の下心を妻から聞かされていたハッサンは、それを巧みに利用し、「ファティメのためなら、お前の借金を俺が肩代わりして全部払ってやってもいいぞ」という言葉をオマールから引き出す。他の借金取りたちはお金を回収出来ることになるので喜び、オマールもまた、この借金証文を盾にして後でファティメに迫れるぞと考え、一同満足した様子で帰って行く。
やがてファティメが、お妃からいただいた「ハッサンのお葬式代」を持って帰宅する。そして愛を確かめ合う二人の、喜びの二重唱。(※このデュエット曲は小規模ながら、注目に値する佳曲である。前半部のロマンティックな雰囲気、そして後半部に入ってから出て来る弦の伴奏型など、もう堂々たるウェーバー節だ。)
続いて今度はハッサンが、太守様から「亡き妻のためのお葬式代」をいただくために出掛けていく。チェロ独奏のオブリガートを伴うアリアでファティメが夫への愛を歌っているところへ、オマールが出現。彼は借金の証文を盾にしてファティメに迫り、ついに彼女の唇を奪う。そこへ、首尾よくお金をいただいてきた夫のハッサンが帰宅。オマールは真っ青になって、戸棚に隠れる。
やがて、太守の召使メスルールがハッサンの家を訪ねてくる。「太守様は、ファティメさんが死んだとおっしゃる。しかし奥様は、死んだのはハッサンの方ですとおっしゃる。そこで太守様ご夫婦のお言いつけで、私が確かめにまいりました」。そこでファティメが死んだふりをして寝そべり、ハッサンが彼に対応することで、二人は急場をしのいだ。メスルールが去って二人がホッとしていると、今度はお妃の侍女ツェームルートがやって来た。「お妃様が納得いかないとのことで、私が確かめにまいりました」。今度は、死んだふりをしているハッサンの前でファティメがヨヨと泣いて見せ、ツェームルートを納得させる。しかしその後、さすがのファティメも、「こんな事をしていて、最後はどうなっちゃうのかしら」と不安になってくる。
すると賑々しいトルコ風の行進が響き、ついに太守自身が家来たちを連れてハッサンの家にやって来た。ハッサンもファティメも、今度は二人とも揃って死んだふりをする。横たわっている二人を見て、太守が言う。「アブ・ハッサンとファティメ、どちらが死んだのかと妻と賭けまでしたが、こうして二人とも死んでいるのを見ると分からん。一体どっちが先に死んだのだ?それが説明できる者に、金貨1000枚を与えよう」。するとハッサンがガバッと起き上がり、「私が先です!ですので、金貨をいただきとう存じます」と叫ぶ。唖然とする太守に、ハッサンは続ける。「太守様のお慈悲で、生き返ることが出来ました」。続いてファティメも起き上がり、「私も生きています。ごめんなさい」と謝る。それからハッサンは、「苦しまぎれにやったことなのです。こんなたくさんの債権を盾にして、ある金持ちが私の妻に迫ってきたので、仕方なく・・」と、太守に釈明する。
太守は先の言葉通り、金貨1000枚をアブ・ハッサンに与えることにし、債権を盾にしてファティメに不倫を迫ったオマールへの処罰をほのめかす。そして、相変わらず戸棚の中で青ざめている哀れな金持ちをよそに、「太守様が訪れたこの家に祝福あれ」という全員の賑やかな合唱で、全曲の終了となる。(※この終曲は、序曲の冒頭で聴かれたトルコ風のテーマに乗った非常に景気の良い合唱曲である。モーツァルトの<後宮からの逃走>の最後を締めくくるあのゴキゲンな大合唱を、うんと小さくしたミニアチュア版という感じ。しかし大変残念なことに、この終曲の合唱は、演奏時間にしてたったの40秒!全曲でも50分そこそこの小さなオペラだから仕方ないのかも知れないが、これはもう少し長い曲に書いてほしかった。)
―以上が、歌劇<アブ・ハッサン>のストーリーである。「いいのか?こんな話で」とちょっと思わなくもないが、まあ、いいことにしよう(笑)。さて、私が聴いたこのオペラの全曲盤は、ハインツ・レグナーの指揮によるDENON盤(1971年録音)だった。演奏は、ドレスデン国立歌劇場のオーケストラと合唱団。アブ・ハッサン役のペーター・シュライアーと、金持ちオマール役のテオ・アダムは日本でもすっかりお馴染みの名前である。ファティメ役のI・ハルシュタインという人は、ちょっと分からないが・・。なお、セリフの部分は、それぞれ専門の俳優たちが担当していた。歌手陣の中では、とりわけシュライアーが好演だった。そして全体を統率するレグナーの指揮も、生き生きしていてとても良かった。アダムはいつもの通り、端正な歌いぶりを披露していたが、オマールという役のキャラからすれば、もう少しスケベったらしい表情を出してくれてもよかったんじゃないかなと思う。ファティメ役のハルシュタインは、演技のノリや重唱の合わせは良かったものの、ソロの曲はかなりつらかった。
―次回また、ウェーバーの歌劇をもう一つ。