クラシック音楽オデュッセイア

2009年の大病以来、月1回程度の更新ペース。クラシックに限らず、身の回りの事なども、気の向くままに書いております。

<サロメ>の演奏史(1)~カイルベルト、クラウス、ミトロプロス

2005年09月01日 | 演奏(家)を語る
今回から4回に分けて、<サロメ>の演奏史について語ってみたい。もっとも、前回の最後に言及した通り、実体は「演奏史を語る」などというご立派なものではなく、私がこれまでに聴いて(あるいは、視聴して)きた<サロメ>の全曲録音を録音年代順に並べ、それぞれについての感想文を書いていくというものである。まず第1回となる今回は、一番古い1950年代のモノラル録音から始めてみたいと思う。

〔1950年代〕

1.カイルベルト指揮のバイエルン・ライヴ (1951年) 【Orfeo】 

ヨゼフ・カイルベルトの<サロメ>と言えば、1950年前後にクリステル・ゴルツ主演によってドレスデンで行なわれたライヴの録音も存在するのだが、私が聴いたものとしては、若きインゲ・ボルク主演による当バイエルン・ライヴが一番古い物である。実はボルクについては、ブログを立てた初期(2004年11月17日)に一度記事を書いていたのだが、その当時はまだ、このCDについてはカタログ上で存在を知るのみで、聴いていなかった。あれから数ヶ月後にようやく入手して聴いたのだが、そこでちょっと驚いたのである。ボルクの声が後年のそれとはまるで別人のようにみずみずしく、そしてキャピキャピしているのだ。

ここで彼女が聴かせるサロメは“悪魔みたいな子猫チャン”といった感じで、若々しく強靭な声がよく伸びる。ナラボートを篭絡して井戸からヨカナーンを出させる事に成功したサロメが、「あなたの体が好きよ」「髪の毛が好きよ」と絡んでいくあたりの小悪魔的な妖艶さが、まず良い。さらに聴き物なのは、踊ったあとにヨカナーンの生首を執拗に求めるサロメと、うろたえるヘロデのやり取り。続いて、盆に盛られて出てきたヨカナーンの生首に彼女がキスするまでの展開である。「あたし、ヨカナーンの生首が欲しいの」というショッキングな一言を可愛らしく(!)発するところから、「ヨカナーンの首!首がほしいの」「ヨカナーンの首が欲しいんだってば!」と、意固地に言い張り続ける場面での、はすっぱな声の表情が最高だ。マックス・ロレンツが演じるヘロデの激しいうろたえぶりも良い。そして最後、ヨカナーンの生首に向かって、「あなたに口づけしたわ」と陶酔して歌う時の声も、後年の大砲を打ち出すような発声とは違って伸びやかに響く。若き日のボルクは、こんな声を持っていたのだ。数あるサロメ歌手たちの中でも、この若きボルクが私を一番ゾクゾクさせてくれる。

このライヴではまた、当時昇竜の勢いにあったハンス・ホッターのヨカナーンが聴けるのもうれしい。非常に立派な歌唱である。声も申し分なく逞しいが、何よりもこの人が歌うと、言葉に説得力が出る。まさに洗礼者ヨハネの貫禄だ。ヨカナーンというのは結構大事な役である割になかなか名唱に出会えないので、ホッターさんの出演記録は貴重である。

一方、残念に思われるのは、録音の貧弱さだ。聴きづらいノイズとかは無いのだが、記録された音自体がとにかく貧しくて、全然伸びてこないのである。年代からしてやむをえない部分もあるが、アンプのボリュームをかなり大きめにして聴くことになる。カイルベルトはいかにも練達の劇場指揮者らしく、骨太にオーケストラを鳴らしている。「七つのヴェールの踊り」などは、今の感覚で聴くと粗くて稚拙だが、作品全体をしっかりと把握した指揮ぶりである。ここ一番のところで聴かせるパワーも凄い。このCDは録音の貧しさを気にしなくてもいいように、ミニコンポでの再生がお勧め。

2.クラウス指揮のウィーン・フィル盤(1953年) 【L】

クレメンス・クラウス&ウィーン・フィルの<サロメ>は、モノラル期の決定的名演だった。その最たる要因は、クラウスの優れた指揮にある。昔何かの本で読んだのだが、この録音は当時のウィーン・フィルのメンバー達が、「我々の一番の傑作」とお気に入りだったらしい。なるほどと、頷けるものがある。これは<サロメ>演奏史上、スタジオ収録で完成された世界初の全曲盤だったと思うが、これほどの名演がいきなり最初に作られてしまったというのは、つくづく凄いことである。「七つのヴェールの踊り」など、音彩といい、テンポといい、表情といい、今の感覚で聴いても最高級の名演だ。本当にモノラル録音であることなど忘れて、聞き惚れてしまう。また、ヨカナーンがサロメに対して、「お前は呪われておる」と厳しい言葉を吐きつけるところなども見事な迫力。

クリステル・ゴルツのサロメは当時最高と絶賛されたものだが、聴く人によって、評価の差が出そうな気がする。私の個人的な好みとしては、上で語った若き日のボルクの方に軍配を挙げたい。当クラウス盤の歌手陣の中では、むしろユリウス・パツァークのヘロデが強い印象を残す。この人は、例のワルター&ウィーン・フィルによるマーラーの<大地の歌>(L)でのテノール独唱者としてよく知られているが、世紀末的な頽廃臭を漂わせる独特の声と歌唱が、ヘロデのキャラクターによく合っているようだ。

3.ミトロプロスのメトロポリタン・ライヴ(1958年) 【Living Stage】

ここでもインゲ・ボルクのサロメが聴けるが、上記のカイルベルト盤から7年後のライヴということになる。しかし、この7年という年月は彼女の声に大きな変化をもたらしていた。サロメよりはエレクトラ向きの、太い響きを持った強靭な声になっているのだ。ベームの<エレクトラ>ドレスデン録音(G)などで聴かれる、あの声に近い。従ってここでは、’51年盤のような“蠱惑(こわく)的”サロメは聴けない。その重量感ある強靭な声ゆえに、より大人になったサロメという感じになっている。残念ながら、’51年のサロメを知ってしまった現在、私はこの録音にはあまり惹かれるものがない。

ここでヘロデを歌っているのはオテロ歌手として知られるラモン・ヴィナイで、何とも異色のキャスティングである。サロメが踊ったあとに始まるヘロデとのやり取りはキングコング対ゴジラ、じゃなくてエレクトラ対オテロみたいになる。(※もっとも、こういう珍妙な取り合わせが面白い、というマニアの方もおられるような気がするが。)他の歌手陣には、パッとした印象が無い。特にヨカナーンを歌う無名歌手は、およそ録音で聴き得る限り、最低の部類に属するシロモノである。

ミトロプロスの指揮についても、私個人的にはうなずけない部分が多い。ヨカナーンが自ら井戸に戻ってからヘロデ達が登場してくるまでの、ちょうど間奏曲に当たる部分。変だ・・。そして有名な「七つのヴェールの踊り」。もっと変だ・・。困ったな・・。サウンドもフレージングも、ちょっと個性的に過ぎるのだ。音質は、カイルベルト盤よりもずっと豊かではあるが・・。

次回は、<サロメ>演奏史の第2回。1960~70年代のアナログ・ステレオ期の全曲録音に目を向けてみたい。
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