カワセミ側溝から

好きな言葉は「のこのこ」。好きなラジオ中継「相撲」。ちょっと苦手「煮た南瓜」。影響受けやすいけど、すぐ忘れます。

フランス女性は女として生きている   なぜフランスでは子どもが増えるのか

2019-09-14 | 読書

なぜフランスでは子どもが増えるのか/中島さおり著(講談社現代新書)

 副題に「フランス女性のライフスタイル」。表題にある通りなのだが、いわゆる巷間で言われている遅れた日本がフランスに学べ的な押し付けがましい内容ではない。それよりむしろ、比較文化や歴史的・文学的な背景が語られていて、なかなか面白い。いわゆる欧米諸国とは言え、フランスというのはラテン系で、かなり他の諸外国とは事情が違うようだ。それは女性の立場というもので如実に語ることができて、そうしてやはり当然だが、日本とはまったく違う問題のようだ。もちろんそれでも参考になるのは間違いなくて、素直に日本の特殊なところは、今すでに多くの面で見直すべきであろうということが理解できるのではなかろうか。
 フランスの女性を解放しているのは、妊娠とセックスが切り離されているからだというのも面白い。フランスでは高校の保健室でもピルが配られているそうで、男性の任意のコンドームに頼るより、自ら防衛できることに積極性がみられる。そうして自らの意思で妊娠したい時を選択するということのようだ。またカップルの文化のようなものがあって、同性どうして一緒にいるよりも、どこでもそこでもカップルで過ごすようなところがあるようだ。子供を放っておいても夫婦の時間を大切にするような、ちょっと行き過ぎているような面もあるが、要するに精神的に自由である。でも子供を大切にしないくせに、子供を産んでも親が自由なので、子供を持つことに抵抗がなくなるということになるんだろうか。要するに子供に対する個人の負担が少ないのである。共働きが当たり前すぎるので、夫も妻が働いていることを望むし、経済的にそうでなければ成り立たない。専業主婦は無能だとみなされる傾向があり、教育費などすべて国費でまかなわれているという意識もあってか、そうやって高等教育を受けた人間が働かないことは損失のようにふつうに考える風潮があるようだ。だから男の収入(高いにこしたことは無かろうが)を基本的な判断基準にせずパートナーとして選び、とりあえず結婚しなくても同棲生活を送り、気が向いたら結婚もする。不倫もするが別れるのも抵抗が無く、いつでもカップルを作るというような風潮もあるようだ。女はセクシーにふるまい、そうして男もいつも女を口説いている。
 何もかもあまりにも違いすぎるので、実際のところ日本が真似などとてもできないことばかりのような感じもしないではない。しかしながら、これが人間の生活として楽しいのであれば、多くの面で日本もフランスナイズされていくことは必然だろう。また、日本の共働きが様々な困難とともに若い世帯を苦しめている現実を思うと、やはりフランス的なものをある程度は参考にして社会を構築していく方が、自然ではないかとも思わせられる。遅れているということよりも、人間の幸福のあたりまえの姿というものが、すでにフランスにはあるのかもしれない。
 しかしながら僕の勘違いかもしれないが、日本の能力のある女性たちは、むしろ専業主婦的なものに、いまだにある種のステイタスのようなものを持っているような気もする。これまではある意味で男の犠牲の上に成り立っていた立場であったかもしれないが、いわゆる勝ち組としての女性の価値のようなものが専業にはあるのではないか。もちろん働き続けたい本心を持っているというのは本当だろうけれど、日本の会社社会はキャリアを積むと、しあわせな家庭を犠牲にせざるを得ない面がいまだにある。今は働き方改革だと様々な面で言われている通り、会社勤めの男たちの生き方も含めての全体を変えない限り、そもそものふつうの働く女性をしあわせにできないのではなかろうか。まあ、頑張らないでやっていきましょう。
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