カワセミ側溝から

好きな言葉は「のこのこ」。好きなラジオ中継「相撲」。ちょっと苦手「煮た南瓜」。影響受けやすいけど、すぐ忘れます。

目的を失って気分がいい

2006-09-02 | 雑記

 少しスランプかもしれないと思ったりする。なんとなく調子が出ない。もともと調子がよかったかといわれれば、それも怪しいが、何をしてもうまくいかないような感じもする。
 もともと文章を書くこと自体が好きである。理由はよくわからないが、書いているとなんとなく落ち着く。もやもやといろんなことを考えているのだが、文章を書き出すと、自分の頭の整理ができる。そうすると安心するのではないか。
 しかしながら文章を書くことが苦痛ということも、もちろんわかる。子供が作文系の宿題などで、「何を書いたらいいのかわからない」という。思ったことを書いたらいいというしかないが、おそらく書くまで整理ができないということだろう。うまくまとまらないと、書く気にならない。どうしても書けといわれると、苦痛になる。できないものは目の前の状況で文字が埋まらないのでよくわかる。時間が無常に過ぎて、なんだかすべてが無駄になってしまったようにも思える。
 僕は書きながら考えるほうで、考えがまとまってから書くのではない。書いているうちになんとなくまとまってくるような気がする。まとまらないまでも、途中までは進む。
 ドラマの演出で、昔の文人などは、書いては捨て、書いては破っている。苦労したんだなあ、となんとなく見て取れる。今はワープロなので、こういう演出はどうなったのであろう。
 なるほど、俺はこのように考えていたのか。自分で驚くこともあるから、不思議といえば不思議である。自分で考えているのに、身に覚えがない。そうなるとオカルトだが、普段考えているということは、文章という形でないのかもしれないとも思う。もやもや、とか、そんな感じ。気に食わないけど、何でだろう。なんてことがよくある。文章にするととりあえず形として表れる。それだけのことなのではないか。
 散歩をすると気持ちがいい。本来はそういう感じで散歩をするわけだが、人と会ったりすると、「健康のためですか」「ダイエットですか」などと尋ねられる。今では煩わしいので、否定しない。当方にも、そういうつもりがまったくないわけではない。嘘ではないなら抵抗がない。仕方がないと思う。
 移動のために歩くと、なんとなく気持ちがよくないような気がする。いつまでに、どこに、という制約が、散歩の楽しみを奪う。同じいつまでという制約でも、時間が空いた、という場合がある。まだ余裕があるから歩いていこう。そういう場合なら、それなりに楽しめる。コンクリートばかりの町並みでも、軒先に咲く花などに目が止まる。人間には隙間のような時間が大切なのではないか。
 僕は最近目的が楽しみを奪うのではないかと時々考えている。将来何をするとか、何のために働くとか、一見すばらしいことのようにいわれる。夢を持って努力することは現代において何より尊いことのように信じられている。確かに尊いような気もする。成功に向かってまっしぐら。実に格好がいい。しかし当方はひねくれているから、それは成功した人の話だろう、と嘯くことになる。まだ何も成し遂げていない人には、やり方が悪いとか、努力が足りないとか、真剣みがないなどと叱咤する人がある。結局結果重視なのである。結果を出した人のみ努力を認める。話が逆のような気がする。
 過程を大切にする。職人なら、そういうことはわかっているのではないか。後は結果がついてくる。そういう感じではないか。
 遊びがそうなのではないか。なんだかよくわからないけれど、遊んでいることが楽しい。もちろん結果を伴うこともあるだろうが、目的としていないのではないか。
 釣りはつれなきゃ面白くなかろう。確かにそんな感じもするな。しかし坊主でも、また釣りに行っている。目的が達成できなかったからであろうか。
 考えたことを書いているというより、考えないから書くということにしようと思う。もともと調子が悪いという話であったが、目的を失ったので気分がよくなった。なんとなく毎日ブログを書かなければ落ちつかないような脅迫感があったのではないか。今はなんとなくそういうことを疑っている。どうでもよくなったので、それはいいだろう。
 日々を気持ちよく送る。そのことのほうが、目先の目的より気分がいいことは確かである。今日は基本的に無為に過ごす。もったいないと思う人は、そう思えばいいであろう。
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