カワセミ側溝から

好きな言葉は「のこのこ」。好きなラジオ中継「相撲」。ちょっと苦手「煮た南瓜」。影響受けやすいけど、すぐ忘れます。

ウォーリー WALL・E

2010-10-16 | 映画
ウォーリー WALL・E ディズニーCGアニメ(予告編)


ウォーリー/アンドリュー・スタントン監督

 なかなかいいよ、という話は聞いた覚えがあった。誰が言ったのだが覚えてないだけのことだ。そうでもしないとこうした映画は観る気にならない。何しろ僕は大のディズニー映画嫌いだ(何度も酷い映画を見せられ続けて刷り込みが過ぎて体質的に嫌いになってしまった。しかしこれはフィクサーなんだと言い聞かせて何とか手に取ることができた次第だ)。子供も年頃なので変に面白そうなやつを借りてくると勉強の妨害になりかねない。その所為でつまらない映画ばかり観ているわけではないのだが…。
 素直に言うとものすごく良くできているお話と絵だった。最初から思わず見とれるような素晴らしい描写。日本にはジブリがあるからアニメーションでは凄いんだ(と勝手にいうのもなんだが)と思いこんでいる人には衝撃的な映像美ではなかろうか。芸も細かいし、CGでのアニメーションは、なんかかなり進化の面で日本は置いてけぼりになってしまっているのではないかと心配になるくらい進んでいるような気がする映像美の世界なのだ。動きもごく自然(いや、こんな動きをするロボットは現在いない訳だが)で尚且つ楽しい。おそらくゴキブリだろう昆虫に対してもすんなり親近感がもててしまう。この世界観は実に素晴らしいと思っているうちに、息もつかさず次々にテンポよくお話は進んでいく。説明具合もなかなか上手くて、最小限の言葉で世界観がほとんどスルリと理解できる仕組みは、まさに見事というしかない芸である。
 もちろん突っ込みどころが無いではない。700年間ぬるま湯につかりきった人類が、植物に誘発されて目覚める必然が今一つ弱いような。そのままが良くて太りきっているのか、不満があってそうせざるを得ないかでだいぶ状況は違うのだと思うが…。
 ロボットの意識の問題についても少しだけ引っかかる。パーツを変えて生き延びている現実があるようだが、思考中枢であるはずの基盤を変えた場合、意識が個人としてよみがえるのだろうか。
 まあ、そんなものなんだといってしまえばそれまでかもしれないが、そういうことを考えさせられるだけでも、なかなか示唆に富んだ物語なのかもしれない。
 ともあれ、けなげで泣かせる物語というのは、すでに人間の世界では純粋に考えられないというところに来ているのではないかとも考えてしまった。これが人間であったら、何を寝ぼけた野郎だ、としか見えないのではないか。そういう意味では既に子供であっても人間はかなりすれっからしになってしまっている。皮肉っぽく考えると、この物語に泣ける状況というのは、悲しい現実の人類の姿なのかもしれないのだった。
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