王国/中村文則著(河出書房新社)
掏摸の姉妹編ということで興味を持って買っていた。手に取るのに少し時間がかかってしまった。それというのもその興味というのは、まさに掏摸という小説との関連だったはずで、大枠で内容は覚えてはいたものの、僕の中で少し関連性は薄れていたかもしれない。もちろんそれで何の問題もなくて、王国は大変に面白い作品だった。読みながら何度も不安になるが、しかしやはり面白い。それは掏摸の時もたぶん感じていたことで、だから姉妹編としてもちゃんと楽しんで、しかし独立した王国も楽しめた。ちょっと不思議な犯罪小説だけれど、そうして実は本当にはリアルなのかはよくわからないのだけれど、幻想的でもあり過ぎない見事な物語なのではなかろうか。
僕はこの王国にいるような人たちの考え方は、ほとんどよく理解できない。あまりに違う環境にいることもあるけれど、いわゆる共感するようなところがほとんど無いせいだと思う。やっている犯罪はスリリングで面白いのだけれど、やっていることの本当の意味というのは謎が多い。想像するに裏社会で暗躍するということは、実際にそういうことがあるのかもしれないのだけれど、しかし人が本当にそのように支配されて動くというのは結局よくわからない。もちろん、組織的なつながりや、金銭的なものや、そうして恐怖というものが、人々を束縛するものだというのは分かる。しかしやはりそれはその人のすべてなのではない。そういう前提がどうしても時折邪魔するが、しかしこの恐ろしい世界観は、この人たちにとっては絶大なる世界そのものであり、すべてなのだ。僕らは読む側の人間だからそのことに驚きはするものの、しかし彼らに本当の意味で同情的でない。いや、同情はしてしまうけれど、物語の先に何が見えるのかということに興味が行ってしまう。そうして物語は、ある意味で読むものを裏切る。それは物語が仕掛けている罠だったのだが、そのことが実はかなり心地が良いような気もするし、やはり新しい絶望の始まりかもしれない。不安でありながら完成されている世界観に、実は圧倒されてしまうのだろう。
もう一つ気になったのは、これだけ個人的に独立した人間、孤独な人間であるように見える女でも、実は完全に孤独なのではないのではないか、ということだ。過去に縛られるものが何もないような生き方を選択しているのは、他ならぬ自分が必ずしも望んでいることではない。彼女が生きる執着を見せるのは、必ずしも自分だけのエゴだけのものなのかということさえ疑問だ。だが、結果的に現実としては、彼女は孤独に生きざるを得ない状況で、しかし彼女が生きながらえているのは、彼女がやってきた強いつながりの意識なのかもしれない。そのような物語の組み方は絶妙で、いくつも無関係にはられているように見える糸が、実はちゃんと絡まっているような快感も覚える。それは構成力のうまさでもあるのだが、なんだか物語の偶然のようにも感じられる。著者を離れた僕の感想にすぎないが、そのような奇跡のようなものまで感じさせられるような、見事な小説だと思った。