シゴトの渋滞、解消します!/西成活浩著(朝日新聞出版)
結論からいうと仕事においても渋滞緩和策と同じ対応で解決できるということ。つまり車間距離をあける。仕事を車に例えるなら仕事と仕事の間に隙間をつくる。そんなこと出来ないよって思う人もいるかもしれないけど、要は余裕を持って仕事をこなすということ。計画を立てて時間割をつくって、その通りに作業をするというそれだけのことができていないから、仕事であっても渋滞を起こしてしまう。一度詰まってしまうとさらに効率が落ちるので、渋滞をつくらないことの方が大切だということのようだ。まさに耳が痛い。詰まらせているのは、たぶん意識的に先を急ぐということにもあるらしい。もっと要約すると、余裕が無いからさらに渋滞を無理に作ってしまうことにあるようなのだ。
もちろん精神論で片付かないから、具体的な方法もいくつか紹介してある。これも基本的には分業することが基本に置いてある。日中仕事をする上で集中力を奪う仕事は何か。職場によっても様々だろうが、たとえば電話に注目する。電話を時間をきめて順番で取るという役割(ルール)をつくってはどうかと提案している。少しずつ負担を散らすことで、集中する詰まりの原因を散らすことができる。
日中やろうと思っていた仕事が捗らず、結局5時以降になって集中して片付けるという経験を持っている人も多いことだろう。誰もサボっていないのに、自分の仕事も減らせる要素も無いのに、どうにもならない問題のように思える。結局仕事を片付けるために重要なのは集中力なのに、仕事の中に集中を阻害する仕事が多すぎることがあるようなのだ。
普通ならここで、如何に自分の時間を確保するか。分業するならいかに自分の仕事を人にやらせるか、というようなことになってしまうのかもしれない。マネージメントの本なんて、つまるところ人にやらせる方法論だ。しかしながらこの本が勧めている方法はちょっと違う。みんなにちょっとづつ我慢してもらうことと、目いっぱいがんばらず、7割くらいの力でコツコツやることを勧めているのだ。個人の利益より全体の利益を考える方が、結局は効率が上がるということらしいのだ。
経済学には比較優位という考え方があって、個人や会社の得意分野に特化して仕事をする方が、最終的には全体的な利益は上がるということが言われている。経済効率を考えた上でも、実際に仕事を分担して行う上でも、もちろんその通りなのだろう。しかしながら不思議なことに、仕事の内容に特化してそれだけをやってもらうよう分けて見ると、逆にいろいろと不協和音が聞こえるという話もよく聞くものなのである。日本人の仕事のやり方にも問題があるのかもしれないが、営業は現場が分かっていないとか、現場は客の要望が分かっていないだとか…。もちろん程度問題もあるし、そういう溝はどうしても埋められるものではないという考え方もあるだろう。しかしながらスペシャリスト集団が必ずしも最大の効率を達成できるとは限らないわけである。
結局は相手の気持ちをどれだけ理解しようとして譲歩できるか。そのためにはスペシャリストも不要とまでは言えないまでも、ある程度全体を俯瞰できるような、あえて自分とは関係ない仕事をしていくことも必要になってくるのだろう。それだけをやっていれば全部いいなんていう単純な社会では、そもそも世の中の成り立ちは違うらしい。
どこかに問題が起こることの多くは、何かの詰まり、渋滞のようなものを起こしている場合が多いのかもしれない。それぞれが効率よく動くために、皆が少しづつ譲り合うということができると、全体の利益は飛躍的に向上する。その分かりきった事実を頭では知っていながら、実際に実行できる賢い人間が実に少ない。実行すれば自分だけが損をするのではない。実は巡り巡って自分に帰ってくる利益なのだ。先を急ぎたいならゆっくり進む。これはモラルの問題ではなく、実に効率的な学問的な根拠に基づく人間の叡智なのである。
結論からいうと仕事においても渋滞緩和策と同じ対応で解決できるということ。つまり車間距離をあける。仕事を車に例えるなら仕事と仕事の間に隙間をつくる。そんなこと出来ないよって思う人もいるかもしれないけど、要は余裕を持って仕事をこなすということ。計画を立てて時間割をつくって、その通りに作業をするというそれだけのことができていないから、仕事であっても渋滞を起こしてしまう。一度詰まってしまうとさらに効率が落ちるので、渋滞をつくらないことの方が大切だということのようだ。まさに耳が痛い。詰まらせているのは、たぶん意識的に先を急ぐということにもあるらしい。もっと要約すると、余裕が無いからさらに渋滞を無理に作ってしまうことにあるようなのだ。
もちろん精神論で片付かないから、具体的な方法もいくつか紹介してある。これも基本的には分業することが基本に置いてある。日中仕事をする上で集中力を奪う仕事は何か。職場によっても様々だろうが、たとえば電話に注目する。電話を時間をきめて順番で取るという役割(ルール)をつくってはどうかと提案している。少しずつ負担を散らすことで、集中する詰まりの原因を散らすことができる。
日中やろうと思っていた仕事が捗らず、結局5時以降になって集中して片付けるという経験を持っている人も多いことだろう。誰もサボっていないのに、自分の仕事も減らせる要素も無いのに、どうにもならない問題のように思える。結局仕事を片付けるために重要なのは集中力なのに、仕事の中に集中を阻害する仕事が多すぎることがあるようなのだ。
普通ならここで、如何に自分の時間を確保するか。分業するならいかに自分の仕事を人にやらせるか、というようなことになってしまうのかもしれない。マネージメントの本なんて、つまるところ人にやらせる方法論だ。しかしながらこの本が勧めている方法はちょっと違う。みんなにちょっとづつ我慢してもらうことと、目いっぱいがんばらず、7割くらいの力でコツコツやることを勧めているのだ。個人の利益より全体の利益を考える方が、結局は効率が上がるということらしいのだ。
経済学には比較優位という考え方があって、個人や会社の得意分野に特化して仕事をする方が、最終的には全体的な利益は上がるということが言われている。経済効率を考えた上でも、実際に仕事を分担して行う上でも、もちろんその通りなのだろう。しかしながら不思議なことに、仕事の内容に特化してそれだけをやってもらうよう分けて見ると、逆にいろいろと不協和音が聞こえるという話もよく聞くものなのである。日本人の仕事のやり方にも問題があるのかもしれないが、営業は現場が分かっていないとか、現場は客の要望が分かっていないだとか…。もちろん程度問題もあるし、そういう溝はどうしても埋められるものではないという考え方もあるだろう。しかしながらスペシャリスト集団が必ずしも最大の効率を達成できるとは限らないわけである。
結局は相手の気持ちをどれだけ理解しようとして譲歩できるか。そのためにはスペシャリストも不要とまでは言えないまでも、ある程度全体を俯瞰できるような、あえて自分とは関係ない仕事をしていくことも必要になってくるのだろう。それだけをやっていれば全部いいなんていう単純な社会では、そもそも世の中の成り立ちは違うらしい。
どこかに問題が起こることの多くは、何かの詰まり、渋滞のようなものを起こしている場合が多いのかもしれない。それぞれが効率よく動くために、皆が少しづつ譲り合うということができると、全体の利益は飛躍的に向上する。その分かりきった事実を頭では知っていながら、実際に実行できる賢い人間が実に少ない。実行すれば自分だけが損をするのではない。実は巡り巡って自分に帰ってくる利益なのだ。先を急ぎたいならゆっくり進む。これはモラルの問題ではなく、実に効率的な学問的な根拠に基づく人間の叡智なのである。