鍵のない夢を見る/辻村深月著(文春文庫)
5つの話からなる短編集。連作ではないが、犯罪を題材に巻き込まれたり関わったりする女性(または女の子)の心理を描写した内容が多い。
まずちょっと驚いたのは、女の人がこんなことを考えているということを、あんまり考えたことが無かったからかもしれない。男の僕からするとかなり異質で、そうしてちょっと理解しづらい考えの展開の仕方をする。しかしだからといって本当に理解できない訳では無くて、ええっと驚きながらも、なんとなくなるほどとは理解できるのである。そういう感じで物事を考えるのはいくらなんでもやばいんじゃないか、という風に感じながらも、そのやばい感じの展開に話はちゃんと進んで行ってしまう。そういう部分がサスペンスになっていて成功しているという感じだ。後味は悪いのだが、お話が終わってホッとする。その前の感情の不安定さに耐えるより、いっそのこと破滅してしまった方が楽というか、とにかく行き着く方向が定まって安心するような読後感を味わった。ものすごいどんでん返しのようなカタルシスではないのだけれど、それなりに意外なものもあるし、逆にやっぱりそうなってしまうよな、というものであっても、危ういままではとても精神が持たない。そうではあるが次も読んでしまう。それがこの著者の力量ということなんだろう。
たとえば二話目の放火の話では、合コンで知り合った好みでない男から誘われるのだが、保険の仕事をしている背景があって、むげに誘いを断れない。しかしその気が無いことを気付いてもらえるようにいろいろ画策しその間に様々な心の葛藤がある。それでも相手は自分の都合の良い方に捉えるのか、事態は一向に好転しない。それどころかこの男は、保険の仕事が絡むために現場で会うためだけに、消防団の立場でありながら放火をするのである。それだけなら単に異常なストーカーの話だが、そういう異常な行為を受けながら、他人にその事実を知られたくない感情と、見栄でちゃんと知られたいと思う葛藤が描かれるのである。それって一体何なのかよく分からないところはあるが、そういう風に考えてしまう受け身の女性の心理というのが、異常であるストーカー以上に狂っている感じが凄まじいのである。もちろん実際の被害者の心理がこういう感じがどうかは知らない。単に僕がこのような女心というようなものに無知なだけだったのかもしれない。そうして、こういう読み物があったんだな、と改めて感じ入ってしまったのだった。驚きました。
僕は賞を取ったからという理由で小説を手に取ったりはしないのだけれど、こういう感じの作品が直木賞をとるのだなということを初めて知った。巻末の同郷の先輩作家である林真理子との対談も面白い。田舎の社会が既にミステリという感じもして、楽しいのかもしれない。田舎(もしくは都市部以外)の人が作家になるって、それだけでいい話ですね。