客を叱る人気の店というようなものをもてはやすというのが以前にあった。それは寿司屋だったりラーメン屋だったりして、頑固店主が手塩にかけた料理をありがたく頂くという構図だったようである。好きでそうやって食う分には何も問題ないし、それでもやっぱり実力的に旨い店なのだということなら、それなりに偉いのかもしれない。客だからといって、一方的に偉い立場でのけぞっているような人間もいるわけだし、自分で好きに店を出している立場ということも考えると、そういう態度であっても客がつくという店をやっていけることは、しあわせなことなのかもしれない。客だっておっかなびっくりしながら、そういう体験自体を楽しんだり話のネタにしたりすることもあるのだろう。ちょっと構図的に面白くない点はあるにせよ、僕は行かないだろうが、そういう店があることはあってもかまわないとは思う。
店のおやじなり店員の態度で憮然とすることは少なくない。いわゆるチェーン店のバイト店員の態度に立腹するという話はよく聞くものである。そういう店は安く料理を提供しているのだからという理由も一応考えないわけではないけれど、行きがかり上仕方なく入ったところでそのような体験をしてしまうと、ものすごく気に障るものらしい。二度と行かない、という気分になるくせに、その系列でないにせよ、似たような店に行かなくてはならない懐ぐあいもあるので、同じような体験は積み重ねられることになる。まあ、そういう店だし、混んでるし、ということで、あきらめざるを得ない事情もあるのだろう。それでも少しばかりそういう店の肩をもつと、安い労働力で利潤を上げなければならない立場だと、もうどうにもならないし、できれば立場代わってよ、という気分もあるのではないか。統括している本店なり背広組の経営者の存在が恨めしいに違いない。コンビニなりファーストフード店なり、そういう労働条件での店長という存在は、本当に苛酷な状況にあるらしくて、まったくお気の毒だと思うのであるが、だからといって客に不快な思いをさせていいというわけではないので、やはり、こういう店がはやらなくなるということ(客が選択しない)でしか、本当に改善にはつながらないことだろう。しかし過酷な労働の上、店まで潰れてしまうのでは浮かばれないので、行きたい人はやはり通っていただければと思う。僕はできるだけ遠慮しますが…。
実をいうと、僕はそんなに店員の態度とか店のかまえというものは気にならない方なのだが、店の悪口を言いながら飯を食うという状況は嫌いである。店も悪いが時々相方の中にこの愚痴がひどいのがいると、大変に興ざめして、とても飯を食うような精神状態を保てない。よくもまあこれだけ非難する言葉を並べながら食えるものだと思うほど愚痴を並べたてて、僕に同意を求められても困るというのが正直なところで、この店に二度と来たくないというよりは、この人と二度と食事にはいくまいということが、僕の心に固く誓われることになっている。まあ、多少は難点もあるにせよ、一度入った店には諦めて黙って食うのが潔いという精神があるのかもわからない。
もちろんそのような考えがあるから、味が良ければそれなりにかまわないというような気分があったことは確かである。ぐだぐだ言わずに食う態度の方が人間的に大切なのではないかと思っていたのかもしれない。
今年の春に家族で旅行して、古くはなっているがそれなりに立派なホテルというか旅館で食事をした。風呂にも入ってゆっくりして、さあ部屋で食事だという段になって、約束の時間になっても仲居さんが準備にやってこない。少し待ったがやはりこれは忘れているようだということでフロントに電話した。ほどなくあわてた様子で仲居さんがやってきて、ドタバタと食膳の準備が始まった。別に僕らは遅れたことは何も非難していないし、そんな気分でもなかったのだが、こちらの方から「忙しそうですね」と声をかけても、一言も謝るそぶりを見せない。これは流石に不快になっていくのがわかった。料理の方はそれなりに豪華で、味も悪くはなかったのだけれど、いや、その味さえなんとなく楽しく味わえないのであった。せっかくの家族旅行だからと、みなそういう気持ちを押し殺して、淡々と食事を済ませたという感じだった。
後で考えると、特別な機会での特別な期待というものは当然あったかもしれないが、やはりサービスも味のうちなのだと思い知ることになった。食事をとるということは、食べる前からの体調はもちろんのこと、店が作り出すサービスによっても、大きく左右されることは間違いがない。いや、もしかすると味より大切かもしれない。外国に行くと大したサービスでなくともサービス料やチップなどをとらて辟易させられるものだけれど、そういう味そのものであるという考え方をするのであれば、サービスに対価を払うというのは当然のことなのかもしれない。うまいものさえ食わせてくれれば問題ないと思いながら、やはり店に対しては相応のサービスを期待するのは、味わうという行為にサービスが一体となって絡んでいるせいなのだと言えるだろう。考えてみるとファーストフードであってもジャンクフードであっても味自体は相応に旨いものだけれど、やはりまずいという理由で敬遠してしまうのは、サービス態度が味を落としているせいなのかもしれない。またたぶん行くことはないかもしれない三ツ星レストランなどで唸るような味のものを食わせるとしても、やはりサービス態度が気に食わなければ、その料理を台無しにしかねないということにもなろう。ということは、やはりサービスは料理の味そのものなのである。