「読まなくてもいい本」の読書案内/橘玲著(筑摩書房)
副題に「知の最前線を5日間で探索する」とある。確かにブックガイドだが、その内容をダイジェストとして、またダイナミックに理解するのに大変に役立つ。その上でちゃんと本を読んだって構わないだろうけれど、これを読んだだけでもかなりその刺激的な知の転換の現実を思い知らされることになるだろう。ちょっとくらいかじっていたものもあったけれど、いやはや、驚きました。実に面白いです。
著者がいうように、本を読むための時間を確保するためには、人生の時間というのは短すぎる。読むべき本はたくさんあるようだが、今となってはそういう本を集めて読むより、いっそのこと読まなくていいものを除外していった方が早いのではないか。その上に20世紀半ばからの半世紀で、知のビッグバンとも形容していい大きな学問的な潮流が出来ている。これはこれまでの学問の在り方を根底から破壊しかねない力がある。実際にこれまで名著として読まれてきたような教養書の中には、まったく的外れなことが確定してしまったものや、ほぼ間違いのオカルトの類に転落したものもあんがい多い。しかしながら、いまだにこれまでの学問の仕組みをもとに、研究されつづけているのが現実だ。とりあえず将来を見据えて、新しい潮流であるポストモダンな学問を紹介してブックガイドとする試みが本書である。紹介されている柱は、複雑系、進化論、ゲーム理論、脳科学、そして功利主義である。
繰り返すが、これらの潮流と内容が、実にダイジェストに分かる仕組みになっている。ひとによってはにわかには信じがたい転換のなされている学問分野もあるのではないか。特に哲学といわれるような学問は、既にかなり古びて使い物にならなくなっていることに気づくだろう。現代的な流れの中の社会学にしたって、既にどうしようもない方向性をいまだに援用している人たちだって数多い。心理学なんて、過去の学問を知ってる常識人の方が、かえって自らを心理的に傷つけてしまっているかもしれない。進化論や脳科学は、人間の感情で否定しても、すでに勝負がついた後の焼け野原である。そうして功利主義は、将来の正しい政治の在り方を明確に示しているにもかかわらず、人間の感情がその理解を拒んでいるとしか思えない現在の政治の姿を浮かび上がらせている。
要するにこれらのことを知ることは、現代人という古代の人を俯瞰する体験をすることになる。これを知っているのと知らないのとでは、人間としての現実の風景がまったく違うものになるのだ。以前のパラダイムでものを考えている人が幼稚に見えて、そのことに気付いてさえいない人が哀れに思えてしまう場合もあるのではあるまいか。まるでアーサー・C・クラークが描いたSFの未来の子供たちに、自らがなってしまったようなものである。
読まなくていい本がたくさんできたところで、さて、これからはまだまだこれらの学問がスピードを上げて未来を切り開くだろう。享受できるのは、それらをいち早く知っているものだけである。やはり人生は短い。楽しみはどんどん先に味わうべきではないだろうか。