カワセミ側溝から

好きな言葉は「のこのこ」。好きなラジオ中継「相撲」。ちょっと苦手「煮た南瓜」。影響受けやすいけど、すぐ忘れます。

シドニー!/村上春樹著(文春文庫)

2008-06-18 | 読書

 そういえば今年はオリンピックイヤーだったんだな、とわざとらしく思い出したりしている。子供のころはそれなりにオリンピックも楽しめたわけだが、だんだん年をとるとこういう祭典もどうでもよくなっていく。競技を見るとそれなりに引き込まれるものはあるにせよ、その前段階から観るのがめんどくさい。テレビなどでしつこくメダリストのインタビューだか背景だかを追っかけるのを観るのがつらい。選手がパンダに見えて哀れである。以前にはあこがれもあったのだろうが、今となっては無能でしあわせだなあとは思うけれど…。
 僕にも愛国心のようなものは当然あって、日本の選手に頑張ってほしいという思いはそれなりにある。しかし客観的に人間の身体能力を考えると、日本人が広い世界の他の人々以上の力を出せるということの方が異常のような気がしないではない。よく根性とかいうようなことをしきりにいう人もあるが、もちろんそういう側面はあるにせよ、日本人が頑張りすぎてもどうにもならない壁があるのは認めてもいいのではないか。だからといって劣っていると卑下し過ぎる必要もないのだが、そんなものなんだと理解した上で頑張ってほしいものである。それで強くなれるわけではないだろうが、精神衛生上は気楽でいいんじゃなかろうか。
 シドニーオリンピックの体験記なのだが、村上春樹的なフィルターで観るシドニーは、おそらく多くの人の持っているであろうオリンピック観からくる期待を見事に裏切っているのではないかとも思う。僕としてはそれでちっとも構わないのだが、そういう先入観のある人は、あるいは期待外れになるよ、という警告はしておいたほうがいいだろう。しかしそれでも別の意味で面白いから、エッセイ好きは素直に読んでもいいだろう。のらりくらりとした味わいと、流石に長編小説を読んでいるような構成もあって、なかなか読後感は面白いことになっている。なんだかんだいってこの人はやはり憎らしいうまさがあるもんである。
 特にオリンピックに対する主張が強いわけではないが、なるほどと納得できる提案もあった。その一つはオリンピックはギリシャで固定してやるべきだというもの。甲子園だって毎年同じところでやっているし、かまわないんじゃないかということだろう。オリンピック委員会とかいうんだっけ、サマランチ(今は違うらしいが)とか何とかいうような欲深いおっさんたちの集団の、変な利権騒動があるのは多く知られていることだろう。何の普及のためか知らないが、今のオリンピックは根底が腐りきっているように思える。商業主義が悪いと批判しているわけではない。むしろ閉鎖的な利権主義が悪いと思う。なんとなくスポーツだからいいことだと目くらましを受けているようで、その内情はジャブジャブの利権獲得の温床にすぎないのではないか。観るほうもやる方もこんな環境で競うしかないのは不幸なことのように思える。そういう打開策は、あんがいこの発祥の地で固定して開催することで、ほんの少しは解消されるのではないか。それにスジも通っているしね。
 もう一つの提案は、すでにプロスポーツとなっている競技は外したほうがいいのではないかというもの。これは僕もずっと以前から感じていたことだ。もちろん野球やサッカーが入っていることで、オリンピックが大いに盛り上がるということは理解できるけれど、何歳以下だとか、プロが何人だとか、いろいろと変な規定が多すぎて、なんだか本当は公正さを欠いているように思えてならない。どう考えてもプロとアマチュアはレベルが違うわけだし、今や何がその境界かはあいまいになっている現状はあるにせよ、同じ土俵とは言えない現実の中で競技を行ってどこの国が一番だとかいうことは、ほとんど実質上意味をなさなくなってしまっているのではないか。特にチームプレーでナショナルチームを構成するスポーツにおいて、プロ選手の多い競技(あるいはプロの多い国と少ない国の混在している状況の競技)はオリンピックの種目にふさわしくない。
 今年の北京がどのような状況になるのかはよく知らないが、村上春樹がまた観戦することはないだろう。そのことはもちろん本書にも書かれていることだが、何にも北京には影響はしないし、それはそれでいいのであろう。しかしまた少し残念にも思っている僕がいるだけのことなのかもしれない。このような日誌というか観戦記がもう生まれないのかというのが残念なのである。せめてブログか何かでも書いてくれるといいんだけれど、村上春樹はそういうタイプの性格ではないらしい。読者としては彼の性格までは変えることはできないわけだが、このように味わいのある体験記を書ける人間を動かす動機というものが生まれてくれることを祈るのみである。
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