絆/小杉健治著(集英社文庫)
夫殺しの容疑で、偽装工作が露呈後自白もしている弓丘奈緒子の裁判で、弁護士が無罪を主張する。その根拠とは何なのか。またこの事件を取材している記者の視点で物語は語られるのだが、この記者の子供のころに近所に住んでいたのが、奈緒子だった。大変な美貌の持ち主だったようで、多くの縁談のある女性だったが、家の借金もあり、裕福な社長に見初められ社長夫人となっていたのだった。そういう背景もあっての殺人事件でもあり、世間の注目もあった。裁判では、彼女の家族の意外な過去のことが事件の重要なカギとなっていたのだった。
昭和3,40年代の事情もあるのだが、当時の知的障害者の事情なども盛り込んでの、社会の偏見や、現在の記者の置かれている個人的な事情なども絡めた社会派サスペンスになっており、テレビで3度もドラマ化された作品だそうだ。法廷でのやり取りばかりではあるが、自白も証拠もそろっている被告の状態が、溯る事20年の過去によって覆されていく。まさに大どんでん返しである。
正直に言って、ちょっとこれはあり得ないとは思うものの、つじつまはしっかりしており、それなりに意外なことになる。様々な個人的な事情が絡んでいるとはいえ、実に不幸なめぐり合わせによって、人生が狂ってしまう。考えてみると多くの人が可哀そうであるし、関係者も必死になってそういう状況を繕ったということだ。そうしてまだ、戦後の正義の空気も残っていたということなのかもしれない。
事情は少し古くなっているかもしれないが、文章は古びておらず、ぐいぐい読ませるものがある。僕は読んでいて、後半不覚にも泣いてしまった。袖で涙をぬぐいながら読み進まなければならなかった。まあ、僕の職業的な事情もあるのかもしれないが、何という物語なのだろう。単に涙もろくなっているだけのことかもしれないけれど……。
非常に悪い奴だからそうなっていいものなのかという疑問はちょっとだけあるけれど、それはそれとして、結果的にはいい話である。こんな秘密なんて持ちたくはない、と思いますよ、きっと。