以前仕事でサンダー(グラインダ)をかけていて、鉄の破片らしきものが目に入った。痛みはそれほどではなかったが、目の中がごろごろして具合が悪い。頻繁に触るので目の周りが赤くはれ上がり、さらに涙が止まらなくなった。だんだん痛みもひどくなるような気がする。
その頃はまだ父が生きていて、目が痛いというと素直に医者に行けと言われた。
父も学徒要員で工場に働いているときに、やはり目に鉄粉が入ったことがあるらしい。洗おうが擦ろうが痛みは治まらない。涙も止まらない。しかしずっと我慢していたという。寝ようとするけれど目が痛くて寝られない。医者に行きたいのは山々だけれど、医者にかかると金がかかるかもしれない。それを親にどうしても言えない。だから我慢するよりなかったらしい。しかし目に刺さっている鉄粉は、自然に取れたりはしない。翌日工場に行くと、腫れ上がった目を見て先生(教師か工場の人なのか忘れた)が見せろという。指かなんかでひょいと目玉の表面をつまんで、その鉄粉をとってくれたという。スルスルと痛みは消え、それで病院に行かずに済んだ。
貧乏というのは病気や怪我がうかつにできないということらしい。
お父さんがそうして鉄粉をとられたのなら、同じようにピンセットか何かで取ってくれないか、と言ったら、余計に傷つけてもいかんだろうと断られた。別に金の心配をしているのではないが、だからケチで言っているのではないが、面倒だしそれに夜に用事がある。
職場の帰り道に、その頃つきあいのあった団体の先輩の工場があった。用事があるので立ち寄ると、話ついでに目のことを話したのだろう。ちょっと見せろというと、ピンセットでつまんで取ってくれた。先輩もちょくちょく目に鉄粉を刺さらせるのだそうだ。お手の物という感じで簡単だった。そうするとみるみる痛みは消え、そうして当たり前だが涙も止まった。やはり目玉に鉄粉が刺さっていたようだが、本当に助かった。
その日は消毒もやらなくてはならないと思って、たらふく酒を飲んだ。目の痛みが無いのは本当に幸福なことだとしみじみ思った。