カワセミ側溝から(旧続・中岳龍頭望)

好きな言葉は「のこのこ」。好きなラジオ中継「相撲」。ちょっと苦手「煮た南瓜」。影響受けやすいけど、すぐ忘れます。

医療崩壊

2008-03-04 | 読書
医療崩壊/小松秀樹著(朝日新聞社)
 K村君も紹介していたので読んでみた。基本的には医療の現場の立場からの意見書である。印象として少し左よりの思想もあるように思えたが、医療で独立主義でない立場というのは多かれ少なかれそういうものなのかもしれない。フィルターははずして意見に耳を傾けるべきだろう。
 医療にかかる人は病気や怪我などで困っているひとなのだが、治療をすれば必ず直るという保障はどこにもない。もちろんそれは程度ということでもあるが、医療に求められているのは、まるで魔法のような要求であるようだ。しかしながら医療行為というものは最終的には100%敗北するのだとか。何故なら人間には寿命があって、いつかは必ず死んでしまう。まあ、それはそうであるが、確かにいわれなければそう思っていないかもしれない。
 医療訴訟の問題はそういう基本的なものを捉えきれていない。だから患者が重篤な状態でとられた処置に微妙な問題が絡んだ時に、過失という観点で犯罪を摘発してしまう。もともと難しい状態であった患者を何とか助けようとしてやったことが仇になって多額の損害賠償を請求されてしまう。病院は怖がって担当していた医者や看護師などのスタッフを簡単に切ってしまう(処分して知らんぷり)。責任問題から逃げてしまうのだ。そうなれば怖くて誰も難しい処置はしなくなってしまう。挙句の果てには現場から逃げて開業する。こんなところでいつまでもやってらんないよ、という気分なのかもしれない。まったくの悪循環ということであるようだ。
 実際に最近感じることは、行政関係の総合病院がなかなか手術をしてくれなくなった。あるときは麻酔科の人間がいないので、もともとそういうことはできないのだとか言われた。噂には聞いていたが本当だとは…。違う病院は家族の住まいと距離があるので不安だというので、結局手術を断念したということもあった。僕らは第三者なので、当事者がそうやってあきらめてしまうと手を出せない。不安を抱えたままこちら側も受け入れざるを得ないわけで、なんともやりきれない気分だ。
 英国は既に医療が崩壊して久しいらしく、現場は凄まじい状態になっているという。サッチャー時代に医療費の削減の制度を熱心にやった結果である。基本的には日本もそのような方向なのだろうか。これを読むまで知らなかったが、医師会の構造的な問題もあって、開業医と勤務医の格差が広がっているということもいえるのかもしれない。政治的に意見が通らないために、大病院の方が経営が難しい。単価設定が開業病院の方が高いのである。その結果、勤務医は開業医より勤務時間が長い上に所得が低く抑えられてしまうようだ。これでは構造的に救急医療などは必然として崩壊の道を歩んでいるように見える。この本自体は読むことを勧めたいが、戦慄してしまって精神衛生上は良くないかもしれない。
 この本は医療現場の問題点を洗い出しているのだが、はたしてこれは医療現場のみにいえる問題点なのだろうか。これを読みながら考えさせられたのは、検察やマスコミなどの世論の要求は、もちろん医療現場のみに向けられた限定的なものではないということである。世間的な現在の事件も、多くは世論のこのような考え方が蔓延した結果が多いような気がしないではない。
 例えば多くの事件においては、結果責任ばかり追及して現実の改善策を先延ばしにしすぎている。本当に難しい問題を何とかすることの方がはるかに重要なのに、現場のたまたまその場に居合わせたものの責任だけ追及して正義を唱えても、むなしいだけではないだろうか。確かに管理者・責任者という立場には結果責任というものはある。しかし辞めることが責任であるというは、無責任の助長ではないのか。そこだけを過大に取り上げてあげつらうことが、本当に大切なことなのだろうか。辞任などという責任の取り方だけを要求することは、相手を逃がしているだけのことである。事故が起こったときにたまたまその地位にいただけの人が一番重い責任を負うという考え方には、もともと問題の本質とズレがありすぎる。事件や事故を受けてどのようにシステムを改善したかを評価の基準にすべきであるが、結局その判断ができないので責任を追及しているほうも問題の本質から逃げているに過ぎないのである。みんな逃げて新たに問題が起こる。雪崩的な崩壊である。

 著者の文章は歯切れも良く、文中になかなか示唆的な言葉がたくさんあって、その分たくさん線を引いてしまった。読了後再度線を引いた箇所を読み返す習慣があるのだが、それだけでもずいぶん時間がかかってしまう。それだけ得ることの多い本だった。
 患者は純粋に患者であって、健康を求めることは消費者行動ではない。ということや、政治家は無理な約束をせず現実をどうするかに集中すべきだとか。もともと倫理観を持っている日本が無批判にグローバリズムを受け入れることが愚かしいと批判している。医療の技術をマニュアル化せよと要求するのは、サッカーのロナウドにシュートの決め方をマニュアル化しろというここと等しいというのには、思わず笑ってしまった。この本をネタに監事講評がいくらでも出来そうで、もっと早く読んでおくのだったと後悔したのであった。
コメント (2)
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