ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
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イスラーム38~トルコとロシアの対立が発生

2016-04-06 08:53:36 | イスラーム
●トルコとロシアの対立が発生

 ロシアがシリア内戦への介入を本格化した後、2015年(平成27年)11月24日トルコ政府は、ロシア爆撃機が領空侵犯を繰り返し警告に従わなかったので撃墜したと発表した。エルドアン大統領は、露軍機撃墜は「交戦規定の枠内だ」と正当性を主張した。これに対し、プーチン大統領は、ロシア機の領空侵犯を否定し、「テロリストの共犯者が後ろから攻撃してきた」とトルコを激しく非難した。逆にトルコのエルドアン大統領は、ロシアがシリアの反政府勢力でトルコ系の少数民族トルクメン人に攻撃を加えているとして、ロシアを非難している。
 トルコによるロシア機撃墜によって、フランスとロシアの連携に始まる大国間の連合の動きは水がさされた。プーチンにとっては、ISIL掃討で国際的な孤立からの脱却を狙っていたところ、思わぬ形で足をすくわれた格好である。
 フランスがロシアとの連携を軸に、連合を拡大するには、米国だけでなく、有志連合に参加するアラブ諸国やトルコの理解も欠かせない。トルコとロシアの反目が続けば、フランス、ロシアがそれぞれ構想する自国中心の大連合の実現は難しくなるだろう。各国の利害に違いが大きく、それぞれの思惑で外交・作戦を行っており、同床異夢の状態である。
 ロシアは、軍機撃墜の報復としてトルコに経済制裁を行って圧力をかけている。トルコにとってロシアは貿易額でドイツに次ぐ2位であり、特にエネルギー供給では最大の輸入国である。それゆえ、経済制裁を受けると苦しい。だが、安易に謝罪すると、エルドアン政権は国民の批判を受ける。そのうえ、ロシアは、トルコが石油密輸などを通じてテロ組織に協力していると主張し、エルドアン大統領、その息子らを激しく批判している。「アラブの春」以降、トルコでは民主化を求める反政府運動が広がり、政権の足下が弱くなっている。政権は、ロシアの強硬姿勢によって窮地に置かれている。
 一方のロシアは、2014年(平成26年)3月にウクライナのクリミア共和国を併合したことで米欧の経済制裁を受けている。そこで、トルコに経済多角化の望みを託していたのだが、ロシア機撃墜でトルコを強く非難して農産品禁輸などの制裁を発動したため、逆に自国の経済を圧迫することにもなっている。こうした誤算がロシア経済の疲弊を早めることになるとみられる。
 また、ロシアには約2000万人のイスラーム教徒がいる。ロシア人口の14%を占める。その多くはスンナ派である。ロシアがISILを掃討したり、トルコに圧力を加えたりすることは、ロシア国内のイスラーム教徒を刺激し、テロを誘発するおそれもある。
 それゆえ、トルコ、ロシアとも引くに引けない対立関係になったものの、互いにあまり深刻化するとまずい状況にあるとみられる。
 トルコはイスラーム文明、ロシアは東方正教文明の国である。この両国の間には、18~19世紀にオスマン=トルコ帝国とロシア帝国が数次にわたって争った露土戦争以来の対立の歴史がある。当時トルコは、ロシアの南下政策に苦しめられた。近年、両者の関係は協調的になっていたが、ロシア機撃墜事件で関係が一気に悪化した。関係の悪化が進むと、こうした文明間的・歴史的な対立の感情を掘り起こしかねない。
 トルコ・ロシア関係の焦点は、シリアにある。トルコはアサド政権の崩壊を願っているが、ロシアはアサド政権を支援しているという正反対の立場にある。
 トルコは、ISILの支配地域に隣接する国であり、イラク、シリア等と国境を接している。トルコ政府としては、ISILとの全面対決は避けたい。対ISILの有志連合に加わっているが、軍事面では関与しないとし、ISILとの全面対決は避けてきた。900キロに及ぶトルコ南部の国境から過激派が侵入するのを阻止するのは困難であり、強硬措置を取ればテロによる報復を受け、治安が悪化するおそれがあるからである。だが、ISILの活動が対トルコでも活発化しており、エルドアン政府はISILへの軍事的圧力を強める考えを示している。
 ロシアの主導で仏米英露等が連携を強めることによって、ISILと地上戦を戦っているクルド人がイラクやシリアで勢いを増すことは、国内に多くのクルド人がいるトルコにとって、別の懸念材料である。
 シリアでは、2012年(平成25年)夏に、シリアのクルド人地域(ロジャヴァ)は事実上の自治を獲得した。彼らがイラク北部のクルド人のように独立国家に近い自治区を作れば、トルコ南部に多いクルド人の分離独立機運が高まる可能性がある。トルコには、過激なマルクス主義の流れをくむ非合法組織「クルド労働者党」(PKK)が分離独立を求めてテロを展開してきた歴史がある。また、トルコではクルド人は「山岳トルコ人」と呼ばれ、アイデンティティを否定する政策がとられてきたので、潜在的に深い対立感情がある。
 イラクでのクルド自治政府による独立への動きが活発化すれば、トルコ国内のクルド人がこれに呼応し、それによって、トルコ政府とクルド人独立派の対立が、中東に新たな不安定要因を加えることが予想される。

 次回に続く。