ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
この日本をどのように立て直すか、ともに考えて参りましょう。

イスラーム36~テロの拡大と拡散

2016-04-02 08:42:03 | イスラーム
●大規模テロに転じたISILの事情

 ISILは、2014年(平成26年)6月にカリフ制国家樹立を宣言し、支配領域の拡大を図った。当時、その基本戦略は、シーア派が主導するイラク政府や、イランを後ろ盾とするシリアのアサド政権といった地理的に近い敵を主な攻撃対象として宗派対立を煽り、域内外から戦闘員を吸収して支配地域を拡大させることにあったと考えられる。
 この段階では、欧米への攻撃は、ISILの過激思想に共鳴した個人や少数グループが敢行するローンウルフ(一匹狼)型や、各地の傘下勢力によるものが主体だった。欧米への直接攻撃は、ISILの最優先事項とまではいえなかった。
 だが、パリ同時多発テロ事件は、標的の選定や犯行の手際の良さ、ISILの組織がフランスや隣国のベルギーに浸透していた点などから、これまでとは一線を画している。このことから、ISILは大規模テロの実行へ方針を転換したと推測される。
 どうしてこのような方針の転換が起こったのか。まず欧米主導の有志連合による軍事作戦によって、ISILはシリアやイラクでの支配地域の拡大が行き詰まっており、支配地域外でも活動を本格化させる方針に転換したのだという見方がある。また、パリで同時多発テロを行ったのは、有志連合の空爆で追いつめられたISILが、フランスを有志連合から脱落させようとして決行したという見方もある。
 確かに空爆は、一定の効果を上げているとみられる。空爆でISILのナンバー2や著名なテロリストであるジハーディ・ジョン、また多数の戦闘員が死んでいる。相当の打撃になっているはずである。だが、それでも次々に戦闘員の補充がされるのが、ISILの特徴である。世界各国から支持者・賛同者が集まってくるからである。2014年(平成26年)前半に約1万5千人とされたISILの外国人戦闘員は、2015年初めには2万人に増え、同年末では3万人に上ると推計された。また、ISILの資金源は、人質の身代金、アラブの富豪等の寄付、石油の販売等だが、空爆は、こうした資金源を断つには至っていない。
 過去に空爆によって雌雄を決した戦争はない。地上戦で相手を殲滅することなくして、決着をつけることはできない。ISILに対しても、これを制圧するには、最後は大規模な陸上部隊を派遣し火力で圧倒するしかない。大規模地上戦は、大量の犠牲者が出るから、欧米はこれを避けようとする。実際、有志連合は地上戦には参加していない。周辺のアラブ諸国も、ISILへの対応のために地上軍を送っている国は一つもない。
 当事者であるイラクとシリアは、中央政府の統治能力が低く、正規軍が事実上ないに等しいほどに、地上部隊が弱い。その中で最も戦果を挙げているのは、クルド人の部隊である。ISILの壊滅のためには、こうした有志連合による空爆と地上戦が相乗効果を上げることが期待される。しかし、仮にこれらが効果を上げても、ISILが普通の国家のように敗北を認め、講和に応じるとは思われない。国家ならざる過激組織だからである。ここにテロリスト集団との戦いの難しさがある。戦争における国家の論理が通用しないのである。

●テロの「拡大」と「拡散」

 2015年(平成27年)11月パリ同時多発テロ事件の発生の直後、池内恵氏は、次のように述べた。「テロをめぐって今、『拡大』と『拡散』が起きている。中東では政治的な無秩序状態がいくつも生じ、『イスラム国』をはじめ、ジハード(聖戦)勢力が領域支配を拡大している。そして、そこを拠点にして世界に発信されるイデオロギーに感化され、テロを起こす人々が拡散していくメカニズムができてしまった」と。
 ここで拡大というのは、「地理的、面的な拡大」である。イラクやシリアのように、中央政府が弱くなって、ある地方を中央政府が統治できなくなっている所では、面的な領地支配をして、そこに大規模な組織を作って武装し、公然と活動する。
 しかし、そのような活動ができないエリアでは、小規模な組織が勝手に社会の中から出てくることを刺激する。それによって、テロを自発的に行わせるという形で、テロを拡散させる、と池内氏は説明する。
 グローバルなジハードを掲げる勢力は、支配地域の「拡大」とテロ活動の「拡散」という2つのメカニズムで広がっている。拡大と拡散は、別々の動きではない。「拡大がうまくいかない時、軍事的に不利になれば、拡散に向かう。拡散しながら社会を撹乱し体制の動揺を待って、また地理的・領域的な拡大を目指す」と池内氏は述べている。
 世界的には、2000年代以降、活発さを増すグローバル化は、ヒト、モノ、カネ、情報の流れを加速させているが、その動きはテロ組織をも利している。グローバリゼイションの進行の中で、グローバル・ジハード運動が展開されている。世界各国で起こったテロの件数、それによる死者数は増加の一方であり、過去最悪となっている。この傾向に歯止めがかからない状態であり、ホームグロウン(自国育ち)のテロリストを含め、イスラーム教過激思想と過激派ネットワークの拡散、テロのリスクが増大している。
 世界には、ISILを支持・連携している組織が、2016年1月現在で、17か国35組織あるとされる。これらは、決して大規模な国際組織ではなく、各地の小規模な組織の緩やかな連合体とみられる。地域的な過激組織がISILを支持するとか連携するなどと表明すると、そのことによって、その地域での格が上がり、勢力を伸ばせる。各地で頻発するテロは、地域的な組織や個人の集団が行っている。だが、そうした行動をする者がISILと称することで、国際的に大きな組織が存在するかのように錯覚しやすい。
 それぞれ地域的な過激組織が、ナイジェリアでは「イスラーム国西アフリカ州」、エジプトでは「イスラーム国シナイ州」等と名乗っている。そのうえ、パリ同時多発テロ事件は「イスラーム国フランス州」を称する者が犯行を宣言した。これは実際に「イスラーム国」が諸国家にまたがって存在しているのではない。単に「イスラーム国○○州」と自称する組織が点在しているに過ぎない。
 イスラーム教過激派には、国境の概念がない。国境は西洋諸国が引いたものだとして認めない。彼らの観念の中では、国境のないイスラーム世界が広がっているのだろう。地域組織の過激派には、もともと領土的な野心はない。自国の政権を打倒したいということのみである。それゆえ、独立国家を宣言するのではなく、「イスラーム国○○州」と名乗ることに抵抗はない。
 ISILにとっては、各地の地域的な組織が「イスラーム国○○州」と称することは、「イスラーム国」という国家が世界に広がっているようなイメージを与えられる。大きな宣伝効果を生み、各地に支持者・賛同者を増やすことができる。そうした支持者・賛同者の一部は、シリア・イラクのISIL本拠地にやってきて戦闘員になる。そして訓練を受けたり、実践経験を積んだりした者が、各国に帰り、行動を広げる。そこにホームグロウン(自国育ち)のテロリスト志願者が加わり、テロ事件を起こす。こうした関係があると思われる。

●ISILとアメリカ、そしてイスラエル

 ISILについては、アメリカやイスラエルが育成・支援してきたのではないかという見方もある。アルカーイダは、旧ソ連がアフガニスタンに侵攻していた時代、CIAが育てた武装抵抗組織だった。それが反米に転じたのだが、指導者のオサマ・ビンラディンはずっと米国の支援を受けていたという疑惑がある。この点は、拙稿「9・11~欺かれた世界、日本の活路」に書いた。
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion12g.htm
 現代世界における国際関係の深層には、常識を覆すような不可解なことがいくつもある。その点については、拙稿「現代世界の支配構造とアメリカの衰退」に書いている。
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion09k.htm
 ISILについても、疑惑の可能性を排除することはできない。
 パリ同時多発テロ事件以後、国際社会のISILへの攻撃は格段と強化されている。追い込まれたISILが今後、イスラエルへの攻撃を行い、イスラエルを挑発して、アラブ対イスラエルという対立構図を生み出そうとする可能性がある。イスラエルまでが絡む事態になると、中東地域の更なる混乱、長期にわたる不安定化につながる。こうした展開を防ぐため、国際社会にはISILとイスラエルの間にあるヨルダンを支援し、ISILの攻撃から守って政情を安定させる必要もある。

 次回に続く。