ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
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イスラーム37~国際社会の対テロ連携の強化

2016-04-04 09:34:17 | イスラーム
●国際社会の連携の強化

 今やISILのテロは、全世界に向けられている。いつ、どこで無辜の人々が無差別自爆テロの犠牲になるかわからない。いかなる宗教的な教義によろうとも、テロを許すことはできない。自由・デモクラシー・人権・法の支配等の価値観とも相いれない。テロリスト集団の壊滅に向け、国際社会が団結する必要がある。
 2015年(平成27年)11月15日からトルコで開かれた20カ国・地域(G20)首脳会合は、2日前に発生した同時多発テロ事件を受けて、テロとの戦いにおける国際連携を謳った。各国首脳からフランスへの連帯が相次いで表明された。同月18日からフィリピンで行われたアジア太平洋経済協力会議(APEC)の首脳会議でも、テロへの非難と国際協力が宣言された。また同月22日にマレーシアで開催された日米中や東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国による東アジア首脳会議(EAS)でも、テロ対策の協力が合意された。国際社会がテロに屈せず、わずか1週間の間に相次いで結束を確認したことは極めて重要である。
 この間、国連安全保障理事会は11月20日、パリ同時多発テロを非難するとともに、ISILとの戦いに各国が立ち上がる決意を示す決議案を全会一致で採択した。決議は、ISILが「国際的な平和と安全への世界規模の前例のない脅威」になっていると強調した。ISILへの合流を図る外国人の渡航阻止とテロ資金遮断を加盟国に要求するとともに、テロ活動抑止に向けた各国間の「調整努力」も求めた。
 その後、欧州では、英国もシリア空爆に参加することを決め、軍事行動に慎重なドイツも後方支援のために部隊を派遣した。フランスへの支援で欧州は団結を強めた。

●ISIL掃討作戦でのロシアの思惑

 シリアでは、「アラブの春」以後の内戦が長期化し、ドロ沼化している。2011年(平成23年)以来、人口2200~2300万人のシリアで、内戦による死者は27万人を超えている。また、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によれば、2015年末の時点で420万人を超える難民が国外へ脱出した。難民は近隣のトルコ、レバノン、ヨルダン、エジプト、リビアに逃れ、約32万人以上が地中海を渡ってヨーロッパへ流入している。ヨーロッパにとっては、第2次世界大戦以来、最も深刻な難民危機の到来である。だが、もっと深刻なのは、中東や北アフリカの諸国である。UNHCRによれば、2015年夏の時点でシリア難民はトルコに180万人、レバノンに117万人、ヨルダンに62万人、イラクに24万人、エジプトに13万人、その他の北アフリカに2万人が避難している。また、シリア国内では、少なくとも760万人が家や故郷を失い、国内避難民となっている。難民と国内避難民を合わせると、2000万人規模の国家で、1000万人状の国民が路頭に迷っているのである。シリアの統治機構が安定しない限り、難民の流出が止まることはなく、また、国民の安寧は得られない。欧米諸国は、反政府勢力への攻撃で一般市民を多数殺害するアサド政権の正統性を認めていない。だが、ロシアは、欧米が非難するアサド政権を支持している。ロシアにとって、シリアは中東に残る最後の重要な資産であり、米欧の圧力でアサド政権が倒壊することを防ぎ、シリアでの地政学的な利益を保持したいのである。
 シリア内戦を舞台にして、ISILが勢力を伸長し、強大化した。2015年(平成27年)9月末、ロシアはISIL掃討として、シリア内戦へ軍事介入した。これは、ソ連軍によるアフガニスタン侵攻以来の、中東の独立主権国家に対するロシアの公然たる軍事行動だった。
 ロシアが介入した理由の一つは、軍事的なものである。ロシアは、シリアのタルトゥ―スに地中海に面する唯一の海軍基地を持っている。シリアは、ロシアが地中海に出る上で重要な拠り所となっている。また、別の理由は、シリアがイラクやイランなど中東から欧州への石油パイプライン計画の中心になっていることである。その計画が実現してしまうと、欧州はロシアへのエネルギー依存度を下げるだろうから、ロシアは親米欧勢力を抑えて、アサド政権を維持したいのである。
 一方、アサド政権は、ロシアの後ろ盾によって政権の存続を図ってきた。ロシアの軍事介入により、ロシア軍の空爆支援を受けて、劣勢から息を吹き返した。シリア正規軍の実情は、長期化する内戦の結果、多数の欠員や多大な損失を出し、すでに補填が不可能なまでになっていた。かつて25万人いた正規軍は、兵士が2000~3000人、将校・将軍が200~300名ほどに減った。大半は、アサド政権維持のために戦う外国人部隊である。そのような政府軍を指揮・監督するのは、イラン革命防衛隊の対外諜報と特殊工作(作戦)を担当する部隊たるクドゥス軍団の将校だと伝えられる。だが、こうしたシリアにロシアがテコ入れをしたことによって、アサド政権は反政府勢力との戦闘を優位に進めるようになった。反政府勢力には、国民連合、イスラーム軍、トルクメニスタン人等がある。ロシアのシリア空爆は、ISILへの攻撃という触れ込みをしつつ、主にこうしたアサド政権に対抗する反政府勢力を攻撃しているとみられる。これに対して、反政府勢力を支援する米国を中心に、ロシアへの批判が上がった。
 アメリカは、トルコ、サウディとともに、反政府勢力のうちの穏健派を支援している。だが、反政府勢力には過激派もおり、アルカーイダ系の組織「ヌスラ戦線」等が活動している。またクルド人もアサド政権と戦っており、アメリカはこれも支援しているという複雑な関係にある。
 パリ同時多発テロ事件後、ロシアはフランスと提携し、一層積極的に空爆を行っている。ロシアとしては、フランスが連携を求めてきたのに応えることで、これまでの米欧諸国の批判を緩和することが出来ることになった。
 ISILは、ロシアが2015年9月に空爆を開始すると、ロシアへの報復を予告していた。そうした中で、10月31日ロシアの旅客機がエジプト北東部シナイ半島で墜落した。乗客乗員224人が死亡した。プーチン政権は、国際社会のパリ同時多発テロ事件への反応を見てから、11月17日になってロシア機墜落が爆弾テロだったとする調査結果を発表した。同日プーチンは、シリアでの作戦強化を国内外に誇示した。また、同日フランスと共同作戦を行うことを提案し、露仏の共同作戦が開始された。
 ロシアは、ロシア機爆破テロの報復として、ISILへの空爆に本腰を入れざるを得なくなり、シリア内戦に深入りした。また、これを奇貨として、プーチン大統領は、シリア空爆の強化やフランスとの共同作戦を進め、対ISILの主導権を握ろうとしているとみられる。
 山内昌之氏は、「アメリカとフランスは、2015年9月のロシア軍の介入以降、11月のパリ同時テロを機に、ISと本格対決するために、アサド氏に宥和的な態度を示すようになった。これは、氏を『最大の犯罪者』と考えるスンナ派アラブの大勢に背を向けており、シリア問題の主導権をさながらロシアとイランに委ねたに等しい」と述べている。
 イランは、米欧の経済制裁に耐える中で、ロシアに接近した。イランにとってロシアは伝統的に敵国であり、領土を占領され、割譲してきた。だが、そのロシアと同盟関係を結ぶという戦略的な判断をした。そして、シリアのアサド政権を支援することによって、シリア内戦の最重要当事国となった。ロシアがシリア空爆に踏み切るに至って、イランにとってのロシアとの関係は、スンナ派諸国への対抗においてもまた米欧諸国への対抗においても一層重みを増すことになっている。アサド政権は、今やロシア=イラン同盟によって支えられているのである。米仏は、シリア問題における主導権を、ロシアとイランに握られている。
 ロシアがシリアへの空爆を強化しているのは、ISIL掃討後を見越して、アサド政権を擁立し、シリアやその周辺諸国への影響力の拡大を目指しているものだろう。このことは、ISILへの有志連合とロシアによる攻撃が奏功し、ISILを弱体化させ得た場合、必ずロシアと欧米・トルコ等の間の対立が顕在化することを意味する。それと同時に、シリアの内戦は、アサド政権と反政府勢力の戦いに重点を移しつつ、なお継続することが予想される。

 次回に続く。