ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
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人権271~人権宣言の国・フランスの現状

2016-02-22 10:17:32 | 人権
●人権宣言の国・フランスの現状

 次に、人権宣言の国フランスはどうであろうか。フランスには、平等主義核家族と直系家族という二つの家族型がある。これら二つの家族型には、共通点がある。ひとつは、女性の地位が高いことである。フランスの伝統的な家族制度は、父方の親族と母方の親族の同等性の原則に立っており、双系的である。双系制では、父系制より女性の地位が高い。もう一つの共通点は、外婚制である。フランス人は普遍主義的だが、移民を受け入れるのは、双系ないし女性の地位がある程度高いことと、外婚制という二つの条件を満たす場合である。この最低限の条件を満たさない集団に対して、フランス人は「人間ではない」という見方をする。第2次世界大戦後、フランスに流入した移民の中で最大の集団をなすマグレブ人は、この条件を満たさない。マグレブ人とは、北アフリカ出身のアラブ系諸民族である。アルジェリア人、チュニジア人、モロッコ人の総称である。宗教は、イスラーム教徒が多い。マグレブ人の社会は共同体家族の社会である。女性の地位が低く、また族内婚である。フランス人が要求する最低条件の正反対である。そのため、フランス人は、マグレブ人を集団としては受け入れない。
 マグレブ人は共同体家族ゆえ、権威と平等を価値とする。フランスは、主に平等主義核家族ゆえ、自由と平等を価値とする。ともに平等を価値とするから、普遍主義である。人間はみな同じだと考える。フランス人が人間の普遍性を信じるように、マグレブ人も人間の普遍性を信じる。ただし、彼らが持つ普遍的人間の観念は、正反対のタイプの人間像なのである。フランス人もマグレブ人も、それぞれの普遍主義によって、諸国民を平等とみなす。しかし、自分たちの人間の観念を超えた者に出会うと、「これは人間ではない」と判断する。双方が自分たちの普遍的人間の基準を大幅にはみ出す者を「間」とする。ここに二種類の普遍主義の「暗い面」が発動されることになった、とトッドはいう。第2次世界大戦後、フランスの植民地アルジェリアで独立戦争が起こった。戦争は、1954年から62年まで8年続いた。アルジェリア人の死者は100万人に達した。その悲劇は、正反対の普遍主義がぶつかり合い、互いに相手を間扱いし合ったために起こった、とトッドは指摘する。ただし、フランス人には、集団は拒否しても、その集団に属する個人は容易に受け入れる傾向がある。実際、マグレブ人は婚姻によって、個人のレベルではフランス人との融合が進んでいる。
 わが国には、フランス革命は人間の平等をうたった理想的な市民革命だと思っている人が多い。そして、フランスは人間平等の国と思っている人がいるが、話はそう単純ではないのである。
 今日、フランスは、欧州諸国の中でもイスラーム教徒の絶対数が多いことで知られる。比率も、人口の8%ほどを占める。トッドは、フランスは普遍主義に基づく同化政策を取るべきことを主張しているが、私は、どこの国でも移民の数があまり多くなると、移民政策が機能しなくなって移民問題は深刻化すると考える。その境界値は人口の5%と考える。フランスの人口比率は、その境界値を超えてしまっている。
 2015年(平成27年)1月7日フランスの風刺週刊紙「シャルリー・エブド」のパリ市内の本社が銃撃され、同紙の編集者や風刺画家を含む12人が死亡、20人が負傷した。 犯人らはフランス生まれのイスラーム教徒で、アルカーイダ系武装組織が事件に関与しているとともに、犯人らは、イスラーム教スンニ派過激組織ISILへの忠誠を表明してもいた。2015年(平成27年)11月13日パリで同時多発テロ事件が起こった。130人が死亡し、約350名が負傷した。フランスでは第2次世界大戦後、最悪のテロ事件となった。「イスラーム国」を自称するISILが犯行声明を出した。ISILへの空爆に参加している主要国の首都で大規模なテロが起こったことが、世界に衝撃を与えた。
 戦後、フランス政府は、移民として流入するマグレブ人イスラーム教徒に対して、フランス社会への統合を重視してきた。だが、彼らの中には、差別や就職難などで不満を持つ者たちがいる。そうした者たちの中から、ISILなどが流し続ける「自国内でのテロ」の呼び掛けに触発される者が出てきている。こうした「ホームグロウン(自国育ち)」と呼ばれるテロリストの増加が、パリ同時多発テロ事件によって浮かび上がった。
 フランスでは、移民の多くが今日、貧困にさらされている。失業者が多く、若者は50%以上が失業している。イスラーム教徒には差別があると指摘される。宗教が違い、文化が違い、文明が違う。そのうえ、イスラーム教過激派のテロが善良なイスラーム教徒まで警戒させることになっている。
 フランスやベルギー等の社会である程度、西洋文明を受容し、ヨーロッパの若者文化に浸っていた若者が、ある時、イスラーム教の過激思想に共鳴し、周囲も気づかぬうちに過激な行動を起こす。貧困や失業、差別の中で西洋文明やヨーロッパ社会に疑問や不満を抱く者が、イスラーム教の教えに触れ、そこに答えを見出し、一気に自爆テロへと極端化する。
 こうした文明の違い、価値観の違いからヨーロッパでイスラーム教過激思想によるテロリストが次々に生まれてくる。これを防ぐには、貧困や失業、差別という経済的・社会的な問題を解決していかなければならない。これは根本的で、また長期的な課題である。
 同時多発テロ事件後、フランスが移民政策の見直しをするかどうかが、注目されている。フランス人権宣言による個人を中心とした自由・人権等を価値とする普遍主義的な価値観を信奉する限り、移民の受け入れはその価値を堅持するものとなる。移動の自由の保障も同様である。だが、この価値観とは異なる主張もフランスにはある。極右政党と言われる国民戦線(FN)は、事件後の選挙で、年間20万人の移民受け入れを1万に減らす、犯罪者は強制送還する、フランス人をすべてに優先、社会保障の充実等を訴え、支持率を伸ばした。FNが大統領選挙及び今後の国政選挙の台風の目となることは確実とみられる。
 パリ同時多発テロ事件は、フランス一国の出来事であるだけでなく、欧州の中心部で起こった事件でもある。2014年(平成26年)から欧州では、中東や北アフリカから流入する移民や難民が急増している。その49%がシリアから、12%がアフガニスタンから、その他の多くがリビア等のアフリカ諸国からといわれる。それぞれ内戦と政情不安が原因である。こうした移民・難民に紛れてイスラーム教過激派のメンバーが欧州諸国に潜入している。パリ同時多発テロ事件で、そのことが浮かび上がった。事件が起こったのはパリだが、テロリストはベルギーやオランダ等にネットワークを広げていた。
 EUの場合、域内での「移動の自由」が保障されている。テロリストは、EUの域内に入ってしまえば、各国の国境を越えて自由に移動できる。地球上でこれほどテロリストが行動しやすい地域はない。こうしたEUの「移動の自由」が、パリ同時多発テロ事件のテロを許した背景にある。
 EU諸国には、フランスの国民戦線と同様に、移民政策の見直しを主張する政党が存在する。そうした政党への支持が増加傾向にある。EUは、国民国家(nation-state)の論理を否定する広域共同体の思想に基づく。だが、異文明からの移民を抱えて社会問題が深刻化し、さらに国境の機能を低めたことでテロリストの活動を許していることによって、広域共同体の思想そのものが根本から問い直されつつある。この問題は、いわゆる人権と「国民の権利」との関係の問題である。
 人権宣言の国・フランスをはじめとするヨーロッパを中心に、普遍的・生得的な「人間の権利」としての人権という理念は、文明間・国家間・民族間の摩擦・対立の拡大の中で、見直されざるを得ない。そういう状況になっている。
 人類は、肌の色、宗教、文化・習俗等、一切の差異を差異と感じず、無差別的に、人間はみな同じと感じる段階には至っていない。今後、人類の諸民族が、個性を尊重しながら、共存調和し得るようになるには、婚姻による融合、識字率の向上と出生率の低下による近代化だけでなく、家族型の違いが生む価値観の相違を相互に理解し合うことが必要である。またそれだけでなく、無意識のレベルから他者や他集団の人間に対する感じ方が変わることが必要である。それには、相当の時間が必要だろう。人権という一見普遍的な観念を唱えれば、どの社会でも人権が実現するとは限らないことを、イギリス、フランスの現状は示している。
 今日の世界の人権状況を概観するために、自由主義諸国の内から、アメリカ、イギリス、フランスの現状を見た。これらの3国は、安保理常任理事国の地位にある。自由民主主義の国家であり、人権を尊重する政策をとっている。だが、安保理常任理事国の残る2か国は、旧ソ連を継承したロシアと共産主義の中国である。これら2カ国については、先に書いたとおり、劣悪な人権状況にあるが、安保理常任理事国であるがために、国連では問題にされないという欺瞞的な状況にある。

 次回に続く。