ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
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竹田恒泰氏と所功氏の対決?

2006-02-17 10:26:42 | 皇室
 現在、私は女系容認論を主張する田中卓氏への批判を連載している。田中氏と似た主張をしている学者に、所功氏がいる。所氏は田中氏を40年来の恩師と呼んでいる。皇室に関する問題では、所氏のほうがよく知られているし、著書もある。テレビ番組にも登場する。田中氏の次は、所功氏の所論を検討するつもりでいたところ、気になる情報が入った。

 旧宮家出身の竹田恒泰氏のBLOGである。竹田氏は、所氏とテレビの討論番組で一緒となった際、所氏の言動に「非常に不愉快な思い」をし、「皇室が侮辱されている気」がしてならなかったというのだ。
 その番組は、本日17日夜、放送されるそうである。
 午後8時30分より、日本テレビ系、BS日テレ、及びCSch745日テレnews24、「デイリープラネット 金曜発言中」とのことである。


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●竹田恒泰氏のBLOGより
http://blogs.yahoo.co.jp/takebom1024/25508853.html

■1 日本テレビ討論番組の収録 所功氏との対決

 今日は日本テレビで、討論番組の収録がありました。これまでテレビにはたくさん出演してきましたが、全てVTR出演でした。ところが、今日初めて討論番組に出演しました。自分にとっては大きな挑戦になります。17日の放送だそうです。番組名は「金曜発言中」スカイパーフェクTV(NN24)。

 いろいろな議論がされ、とても面白い2時間だったのですが、私はひとつ、非常に不愉快な思いをしました。それはいっしょに出演していた京都産業大学の所功教授です。番組収録中、私が「旧皇族の一族の中には一定の覚悟を決めている人が複数いる」と発言すると、所氏は「そのようなことをいうべきではない」と、半ば言論を封じるような発言を浴びせてきました。所氏はそれでもおさまらず、私が本を執筆したことについて「出すべきではなかった」「マイナスばかりだ」などと、本を出したこと自体を強く非難しました。
 2時間の収録中、女系天皇問題について議論が繰り広げられたものの、個人を攻撃するのは、所氏の私に対する攻撃のみでした。所氏のこのような発言には会場もびっくりしたようでした。
 私は所氏の発言について、「自分は歴史の一大事にいても立ってもいられなくなり、火中の栗を拾いにいく決意をして本を出しているのであり、そのようにいわれる筋合いは無い」と、強く反論しました。
 私に言わせれば、所氏の指摘は「大きなお世話」以外のなにものでもありません。寛仁親王殿下がマスコミでご発言なさっていることについて朝日新聞がこれを非難する社説を掲載して話題となりましたが、所氏は朝日新聞と同じような論旨で言論を封じようとしたのです。私もこのような心無い非難があることを予想していましたが、面と向かい合って言われると頭にくるものです。もう一度いいますが、とにかく「大きなお世話」であります。
 所氏は私が本を出したこと自体に違和感を抱いているようです。しかし、それは女系容認派(最近は女系容認派を「朝敵」と呼ぶ人が多くなってきましたが、所氏は、あまり皇室を屈辱する発言を繰り返していると、そのように言われても仕方ないのではないでしょうか。)にとって都合が悪かっただけの話なのではないでしょうか。確かに、日本中からたくさんの読者カードが寄せられ、この本を読んで考え方が変わった(「女系容認」から「女系反対」に変わった)という人が山ほどいました。すくなくとも、所氏などの女系容認派に褒められるような本を書かなかったことにほっとしているところです。

 そうこうしている内に収録は終わったのですが、何故だか、所氏の私に対する攻撃的な姿勢は、控え室に戻った後も続きました。
 所氏は、寛仁親王殿下のエッセイの話を持ち出し、そのエッセイに側室の復活について記されていることを述べて、私に意見を求めました。
 私は「少なくとも現代社会で側室の復活は現実性がありません。ただし、遠い未来においては価値観が変わる可能性はないでしょうか?所先生はこの価値観が300年先まで維持されるという確信がおありなのですか?」と、逆に質問を投げかけた。
 すると所氏は、鬼の首を取ったように「竹田さんは側室を肯定するのですね。分かりました、以降方々で私は、旧皇族の竹田氏が側室を肯定したと口外することにします。」
 この人は私に喧嘩を売ってきたのです。よほど私に個人的な嫌悪感を抱いているのでしょう。その控え室には、出演者6名、司会2名、その他関係者複数がいましたが、場が凍りつきました。
 私はすかさず所氏を強く非難しました。「私は、300年後に価値観が変わっていない確信があるか、ないか、尋ねただけであり、側室を肯定するなどとは一言もいっていない。私の側室に対する考え方は自分の本に記したとおりであり、それ以上でもなければ、それ以下でもない。揚げ足をとっておいて、しかも方々で口外するなどというのは何事か。なんて失礼な言い方をするのだ。」
 私が、所氏の質問に答えずに、逆に質問をしたということを述べると、所氏は「私の質問に答えなさい!」ときた。この人は私に命令するほど偉いのだろうか??私は次のように答えた。「私はあなたの問いに答える義務はないと思う。回答を強要される筋合いはない。」
 周囲は私と所氏との問答に釘付けになっていたのですが、さすがに所氏の横暴な態度と、揚げ足を取る卑怯な論法にうんざりしたのか、出演者の一人、西部邁先生が所氏にこう言いました。「いくらなんでも竹田さんに失礼だ。あなた(所氏)の話はひどすぎる。」周囲のスタッフもびっくりした様子でしたが、その内の一人は「すくなくともこの席の話はオフレコですので、口外するなどは控えてください」二人の助け舟をもらいました。
 その後、西部先生をはじめ、複数の先生と、関係者といっしょに夜遅くまでご一緒させていただきましたが、所氏の話で持ちきりになったのはいうまでもありません。いったいあの方は何なのでしょう?未だに頭の中が混乱しています。

 ところで話は変わりますが、所氏は「寛仁親王を説き伏せた」などと豪語しているといいます。これほど不敬な話はありません。皇室を崇敬している人が聞いたら涙がでるほど、悔しい言い方ではありませんか。氏の発言の節々には、皇室を屈辱するものを感じます。(掲載した写真は所功氏)

 やれやれ

 こんなことでついにカッとなってしまったけど、私もまだまだ子どもです。私個人が侮辱されるだけならいいけども、どうも皇室が侮辱されている気がしてなりませんでした。

(以下略)
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 文中にある所氏の写真を見たい方は、引用先のBLOGをご覧戴きたい。

 所氏の皇位継承についての意見は、『諸君!』1月号によると、「いざという場合は女性・女系天皇も認めるが、原則的には直系・長系の男子優先というシステムを構築すべきだと言うのが私の持論」と述べている。男女の別なく長子優先という考え方には反対している。
 旧皇族の復帰については慎重論で、全員でなければ選別の基準が難しい、君臣の別があいまいになる、伏見宮系は40数親等離れた「大傍系」である等を理由に挙げる。そして、「私が最も望ましい選択肢だと思うのは、旧宮家のしっかりした御子孫の方々に女性皇族の女婿として皇室にお入りいただくことです」と述べている。

 こうした意見と、竹田氏が伝える氏の言動との間には、矛盾があるのではないか。それが所氏の矛盾なのか、竹田氏の受け止めなのか、第3者には判じがたい。
 事は皇位継承に関する問題である。その問題を公共の場で、しかもマスメディアを通じての機会に論じるのだから、私情私恨をはさんではならない。収録以外の場でのやりとりなど、「言った、言わない」のレベルの水掛け論になりやすい。自分の品格を下げるだけでなく、マスコミに面白おかしく書かれることになる。放送後の展開が心配である。身に降る火の粉は払わねばならないが、感情的になった方が名も心も傷がつく。冷静に沈着に対処されるのがよいだろう。

 思うのだが、田中氏といい、所氏といい、わが国の伝統・文化・国柄に深く通じていながら、女系容認を説く学者には、なにか不可解な性向があるのかも知れない。

 批判の的にされている竹田恒泰氏にしても、祖父・恒徳氏(旧皇族)は「スポーツの宮様」と国民に親しまれ、父・恒和氏は日本オリンピック委員会会長として活躍されている。立派な功績ではないか。
 竹田恒泰氏についても、著書やテレビ・新聞・ネットでの発言を見る限り、おかしな人物ではない。少なくとも有識者会議の主要メンバーよりは、まともな精神を持った日本人だろう。

 私は旧宮家の人とのお付き合いはないが、間接的に知るところでは、香淳皇太后の兄君であった久邇朝融(くに・あさあきら)氏は、戦前は貴族院議員、海軍中将だった。昭和天皇の皇后の兄というお立場にあって、戦後日本の再建に志した方である。今上天皇の伯父君だった方である。
 その朝融氏の長男・久邇邦昭氏は、十代までは皇族だった。近年は伊勢の神宮大宮司をしていた。田中氏や所功氏が女神と仰ぐ天照大神を祀る神宮の大宮司である。現在は神社本庁の統理の地位にある。つまり、全国8万社といわれる神社界のトップである。
 私は神道界のことはよく存じないが、学者でも有識者でも神道に肯定的な人であれば、神宮大宮司や神社本庁の統理という立場には、敬意を払うだろう。
 神社本庁は、伝統と異なる皇室典範の改正には、反対である。拙速な改正に反対し慎重な検討を求める国民運動に参画している。見解はホームページに公開されているが、相当の専門家集団が練り上げたものと思われる。
 田中氏や所氏は、これとは違う考えを明らかにしている。となるとその神社本庁のトップである久邇邦昭氏も含めて、旧宮家を排除したいということなのかも知れない。

 竹田氏の著書に戦後、臣籍降下した旧宮家の人々が、GHQにより経済的基盤を奪われ、法外な財産税(90%!)を掛けられるなど、辛酸をなめたことが書かれている。なかには、なれない仕事で失敗したり、むらがってくる人間たちにだまされたり、怪しげな団体にかかわったりなどした人もいるようだ。それゆえ、旧皇族の中には、一部の人によくない印象を与えている人もいるのかも知れない。
 しかし、2千年以上の伝統を持つ皇室の「香り」とでもいうべきものは、60年ほど籍が抜けているだけで消えうせるものとは、思えない。おそらく旧宮家の大半の人たちは、日本皇室につらなる者としての「誇り」をもって、生きてこられているのではないか。そうでなければ、天皇家とご親戚づきあいなどできないだろう。
 想像の域を出ないが、私はこのように思うのである。

■関連掲示

・拙稿「女系継承容認論の迷妄――田中卓氏の『諫言』に反論する」
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion05c.htm
・拙稿「旧皇族には男系男子が多数~女性宮家・女系天皇は必要なし」
https://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/e/20782955e0768242122c82890efa7d7a