岩手の頑固親父

恵まれた自然、環境に暮す 老農のつぶやき、ぼやき

助かった孫は・・・

2018-04-16 14:38:47 | いなか暮し

  北帰行の仲間とはぐれたのか、三郎堤に残った白鳥が一羽
 近くの水鳥は友達と一緒なのに・・・明日は良く晴れそう、元気に飛び立ち、仲間に追いつけ。

 終戦直後の混乱期、列車の乗車券が自由に買えない時期があったらしい。
 釜石線の、ある小さな駅に子供をおぶった57、8歳くらいの女の人が来た。


 「駅長さん、この子は激しい熱で苦しんでいます、病院に連れていきたいので、切符を売ってください」
 「いや、今日の割り当ての切符は、売り切れたので、売ることはできないんです」
 「この子は孫です、共立病院の佐藤先生に見て貰って助けたいんです、お願いします・・」
 「決まりがあって、今日は、もう切符を売ることが出来ないんです」

 意を決したおばあちゃんは話し始めた。
 「この孫は、どうしても死なすわけにはいかないんです。
 この子が生まれる、数か月前にに私の次男が戦死しました、この子の叔父です、そして、この子が生まれた次の年、一才の誕生の1週前に、この子の父親、私の長男は、29才で病死しました・・・・・
 それから間もなくして、この子を残して、母親は里に帰ってしまいました。再婚したとの噂も聞きました・・・・
 幼い孫を抱えて、年寄り二人で農家をしています・・・
 この孫だけは、どうしても死なすわけにはいかないんです、どうぞ花巻までの切符を売って下さい、お願いします・・・・・」
 「・・・・・そうですか、私の責任で切符は売ってあげましょう。早く診て貰って下さい。」

 共立病院の佐藤先生は、その子の父親の最後を看取ってくれた先生で、若くして亡くなった父親をよく覚えてくれていた。
 「亡くなる直前まで、幼子の将来を案じていました。確か数え30で亡くなったと覚えています・・・・」
 「この子は、必ず元気に、しましょう」

みんなのおかげで、元気になったその子は、長じて偉くなれば、めでたしめでたしになるはずだったが、根っからの勉強嫌いがたたり、大きな大きな回り道を繰り返したが、たどりついた老後は、家族に恵まれて幸福な老後を送ったそうな・・・どんどはれ!

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