8月12日(金)、埼玉県小川町プチ観光、その3。
分校カフェでのランチの後、予約した酒蔵見学まで時間があるので、事前の計画とおり『栃本親水公園』という所に立ち寄る。川好きなので水辺は見ておきたいし、Webでは水車小屋があるという。
槻川にかかる橋(相生橋)のたもとに駐車場はあった。近くにドーナッツ形の東屋とトイレがあり、そこから上流側へ遊歩道がのびている。川面からはけっこう高さがあるので、眼下に親水公園を見渡せる。
飛び石で川を渡れる場所が2か所あるので、下流側で対岸に渡って上流側で戻ってこようと、階段を降りる。
一段下がって改めて上流を眺めると、滝のように水が流れていて、右側にはゲート?・・・堰がある。堰やダム好きでもあるので、こりゃ~いいや!とワクワク。(前月には利根大堰を見た)
親水公園の川は水深浅く、子供が網をもって遊べるくらい。小さい魚がたくさん泳いでいた。岸辺ではカワトンボの仲間「ハグロトンボ」が休憩。
上流側の飛び石からは水深が深くなるので、釣り人のみ。
堰なので、やはり魚道が設けられていた。分かるよう画に落書き。折り返し部分と上の方にも休憩場所があるようだ(黄色の部分)。
階段を上がり、遊歩道を上流側に進むと、魚道の様子が見え隠れする。
下から上がってきて、折り返し後の上の方の休憩場所も見えた。
堰の手前側の細い水路が魚道。次の水が落ちている部分もせき止める高さを変えられるようだ。対岸側にゲートがある。
堰の上流側は水鏡のよう。対岸側に見える水色のは、取水口のゲートかもしれない。閉まっているようだ。オレンジのフロートはゴミ除けか?
遊歩道を進むと水車小屋があった。ただ働く水車ではなかった。水はポンプで上げている?小屋の中は休憩所兼資料の掲示スペース。
戻って、東屋で水分補給の休憩。隣のベンチでは2人の女性(20代だと思う)がシャボン玉を飛ばしていた。どこで用意して、何でここで?とは思うけど・・・嫌ではない。草地に落ちたシャボン玉がすぐに割れないでとどまる(何でか?)。前述のハグロトンボも一緒に記録。
せっかくなので、飛んでいくシャボン玉にカメラを向ける。距離感が難しくピンぼけだけど、一応記録できた。タイトルは『郷愁~シャボン玉越しの堰と釣』・・・イマイチ。
『栃本堰』の説明板によると、~槻川に栃本堰が築かれ小川用水が引かれた歴史は古く、元禄3年(1690)の大塚村絵図にすでに描かれています。享保年間(1716~ )には小川用水で引かれた水が水田や新田の開発用水となり、さらに町場の生活用水として利用され小川地域の発展を支えてきました。
享保は江戸時代中期と呼ばれる頃。「享保の大飢饉」で名称は知っている。当地での用水は水田や畑の引水として重要な役割を果たしたのだろう。
~本格的な堰の工事が実施されたのは明治37年(1904)ですが、明治43年(1910)の大水や昭和22年(1947)のカスリン台風の大洪水で被害を受け大改修が行われています。昭和26年(1951)に新しい水門が、昭和61年(1986)にはゲートが造られほぼ現在の景観となりました。
自然災害(地震・水害など)の経験を経て、造り(構造)の基準が更新されるのは、堰に限らず人工の建造物は皆そうだと思う。水門は70年前、ゲートは35年前から変わらないというのは、ここ十数年を考えるとしっかりしているのだな~と素人実感。
~小川町の中央部を流れる槻川は、外秩父山地の山々から流れ出した水を集め、小川盆地を潤しています。槻川の豊かな水は和紙を、潤沢な地下水は酒造などの伝統産業を育んできました。
そうそう、酒造は水ありきだ。酒蔵見学時間が近づいてきたので、栃本親水公園を後にした。
(埼玉県小川町プチ観光。つづく)
◇2021年8月12日 小川町プチ観光 まとめ
帰省をあきらめ、埼玉県小川町プチ観光へ
小川町:築100年の石蔵「コワーキングロビーNESTo」
小川町:分校カフェMOZART(モザート)
小川町:栃本親水公園と栃本堰
小川町:酒蔵見学(松岡醸造)
小川町:三代目清水屋、花和楽の湯、その他
水、洗濯糊、中性洗剤を特定の比率で混ぜて、
つくらたれシャボン玉の元はけっこう大型の
それを作る時の液となります。もしかしたら
そうした配合がなされたものじゃ無いでしょ
うかね。
さて、昨晩から激しい雷雨でした。夜中幾度
も雷が鳴りました。今は雷は無いですが、
断続的に激しい雨の越後です。
このプチ観光シリーズ、とても勉強になりますし、楽しく読んでおります。
阿賀野川沿いでかなり雨が降ったというニュースは見ましたよ。
以前はSLが走っていたのですね~。
「とても勉強になりますし、楽しく読んでおります。」とまで言われると恐縮です。ありがとうございます。