因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

IF...「THE VOICE#2『インタヴュー東京』」

2012-12-15 | 舞台

*絹川友梨(インプロ・ワークス)、横山仁一(東京オレンジ)構成・演出 公式サイトはこちら スペース雑遊 16日で終了
 街でじっさいに行ったインタヴューや、開演前に客席をまわって観客に質問をして得たものをベースに即興で行うパフォーマンス・・・とかんたんに言ってしまうのは憚られるが、一同に会することがあまりないと思われる俳優さんたちに、即興ミュージシャン、さらには日替わりゲストまで加わって展開する2時間弱の不思議な舞台である。

 

 まず俳優さんが観客にインタヴューをする試みであるが、みなさんとても好意的で熱心に話しておられるのに驚いた。「いやな方は断ってください」とのことだったので、自分は「苦手なので」とお断りし、質問ひとつにひとことで答えてご容赦いただいた。作り手の方々のやる気を削ぐようで申しわけないのだが非常に困惑し、開演前の心身のコンディションが整わなくなった。

 たとえば上演前どころか上演中でも客席にずかずかと入り込む大阪の劇団May1,2,3,4,5,6,7)には、だいぶ慣れたこともあって、わりあい楽しめる。それは客席に常連のファンが多く存在して、慣れないお客さんもどうにかなじめる雰囲気があることや、いっけんアドリブ的にみえる客席へのアクションが、実は「このあたりまでならOK」、「今度はもう少し」という冷静な見極めがある上でのことであり、うっかりするとしらけたりぶち壊しになりかねないことを劇のおもしろさに転化できる自信と、巧みな技、「多少手荒なこともしますが大丈夫。どうか楽しんでください」というホスピタリティがあるためであろう。

 どこまでが事前の演出であり、完全に即興なのはどこなのかははっきりわからなかった。それだけ演じ手が達者なのである。とくに日替わりゲストで出演したチャリT企画の楢原拓は実にしなやかで、ステージにまったく違和感なく溶け込んでおり、おみごとである。
 いつもはギリシャ悲劇などで緊張感みなぎる演技をみせる山の手事情社の山田宏平が楽しみながら苦労している?様子は興味深いものであったし、ブラジルの『行方不明』、新人戯曲賞コンクールのプレヴュー・リーディングと、短い期間につづけて拝見したチャリT企画の内山奈々は非常に聡明な女優さんだ。相手を尊重し、活かしながら、やんわりとナイフで切りつける恐ろしさがあって目が離せない。

 こういうことを言うのは大変野暮であり、自分のものの考え方、捉え方が頑なで融通が効かないことにほかならないのだが、個々のおもしろさはあったが、トータルで今回の公演をしっかりと受けとめることはむずかしい。街で集めた生の声と俳優の演技を「構成・演出する」こと、「インタヴュー」という形式、それらを「即興」でみせるのが今回の目玉だとは頭ではわかるのだが、「もっと作り込んでほしい」と思うのである。作り込めば「即興」の旨みは消えてしまいかねず、もどかしい。

「何を伝えたいのか」などと問いかけるのは、すでにこの企画を理解していないことの証明になる。当日リーフレットの「演出スケッチ」で絹川友梨が記した3.11への思いや、太田省吾の『なにもかもなくしてみる』の引用から期待される何かは、残念ながらつかみとれなかった。「演出スケッチ」は、「本公演は『ざっくばらん』に『遊びこころ』あふれるものです」、なのでお客さまもざっくばらんに遊びこころでお楽しみになって・・・と結ばれている。
 この精神を柔軟、寛容に受けとめられるなら楽しめる企画だ。しかし大変意地悪、意固地なみかたをすれば、ざっくばらんな遊びこころは、じゅうぶんに練り上げられない段階の、いわば創造のプロセスを提示することだ。練り上げない状態だからこそ生まれるものの意外性、それこそがライブの演劇のおもしろさでもあるのだが、試行錯誤の手つきが舞台の魅力に転じることは稀であり、自分はやはりしっかりした手ごたえを求めたい。

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