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因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

『テンダーシング―ロミオとジュリエットより―』

2021-02-27 | 舞台
*ベン・ハワー作 松岡和子翻訳監修 荒井遼演出(1)土居裕子、大森博史出演 公式サイトはこちら 下北沢・東演パラータ 28日終了
 コロナ禍の影響で上演が実現するまでの労苦は大変なものであったと想像するが、本公演を紹介するいくつかのサイト(12)には、その紆余曲折をも受け止め、「作品をずっと考えて育ててゆく」という発想で稽古を続けたこと、その発想に座組が一致し、開幕を迎えた喜びが記されている。何にでも不測の事態は襲いかかるが、このしなやかさ、それを支える強靭な精神に頭が下がる思いである。特に「世の中がどんどんスピードが加速されて、そこに乗って頑張らなければならないなかで、コロナはそれを否定した。流れを変えてくれた」という大森の言葉は力強く新鮮だ。

 本作は、シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』の台詞を中心に、ソネットなども用いながら、愛の名作の主人公たちと同じ名を持つ老夫婦の物語を再構築したもの。劇作を手掛けたのは、日本では昨年公開されたナショナル・シアター・ライブ『リーマン・トリロジー』の翻案で知られるベン・ハワーである。

 純愛を貫いて若い命を散らした原作のロミオとジュリエットに対して本作の二人は、「もしあの二人が死なずに生き続けていたら」という想定の具現化であると同時に、どこの国ともいつの時代とも特定することなく、この地上での日々を終えようとしている老夫婦のすがたを、シェイクスピアによる不滅の愛の物語に添う形で示したものとも考えられる。

 「原作の台詞をシャッフルした」(インタヴューより)という通り、本作は原作と同じ流れで進行しない。のみならず、老夫婦はロミオやジュリエットだけでなく、ほかの人物の台詞、ソネット、さらにダンスや歌までも盛り込まれている。シェイクスピア作品に精通したベン・ハワーならではの作劇であるが、「あの場面の台詞だ」と認識できるところは、その台詞が目の前の老夫婦にどう反映されているのかを探り、一方で台詞の出どころがわからないものも少なくなく、観客としてはなかなか「入りにくい」舞台であったことは否めない。また劇中に映像が加わる趣向、とくに実際の舞台稽古の様子が映し出されることに対しては、その意図や効果についていささか測りかねるところがあり、原作と本作のあわいに生まれるもの、普遍的なものを十分な手応えを以て受け止められなかったことは残念だ。
 
 長年使い込まれたようなベッドやテーブル、さまざまな家具調度が置かれていながら、風や光によって、どこか別次元のような浮遊感、幻想的な雰囲気を醸し出す舞台美術は、天井が高く奥行きのある東演パラータの特徴を活かして、とても美しい。終演後、物販の『ロミオとジュリエット』の原作戯曲(松岡和子翻訳)を買い求める人も多く見受けられた。若者たちが命を燃やし尽くす数日間の物語は、例えれば強い原酒を薄めずそのまま呷るようなもの。そして死が互いを分かつまで、数十年の夫婦の年月を描いた本作は、さまざまな薬草や野草を煎じた、滋味深く温かなお茶であろうか。

 『ロミオとジュリエット』は、これから何度も観劇の機会があるだろう。秋には明治大学シェイクスピアプロジェクトが上演を予定している。瑞々しい若さ、それゆえにいっそう悲しい愛の物語を観るとき、この日の老夫婦のすがたが脳裏をよぎるに違いない。そのとき自分の心にどんな感覚が沸き起こるか、目の前の若者たちがどのように見えてくるか。新たな楽しみと課題を与えられた。
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