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因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

劇団東演創立60周年記念公演№157『獅子の見た夢 戦禍に生きた演劇人たち』

2019-11-26 | 舞台

堀川惠子原作「戦禍に生きた演劇人たち 演出家・八田元夫と『桜隊』の悲劇」(講談社文庫)公式サイトはこちら シライケイタ脚本 松本祐子演出 東演パラータ 28日まで
 ノンフィクション作家・堀川惠子による原作は、早稲田大学演劇博物館の倉庫から発見した演出家・八田元夫の膨大な遺品を基に、関連の地に足を運んで関係者の証言を丹念に聞き取り、「圧倒的な筆致」(講談社文庫腰巻のキャッチコピー)で描いた渾身の作である。治安維持法による思想弾圧を受けた昭和の新劇人たちが、検閲、投獄、拷問にどれほど苦しめられたか
、太平洋戦争末期の移動演劇で広島に赴いた「苦楽座」改め「桜隊」の人々が、原爆投下によっていかに凄惨な最期を迎えたか。堀川惠子の原作は、読みながら前のめりになってしまうほど力強い。この重厚な作品を舞台化するとは想像もできないが、それだけに期待も募る。

 舞台は床も壁も黒に統一されたシンプルなものである(石井強司美術)。やや下手奥に台が置かれ、そこが三好十郎の書斎や劇団の稽古場になる。手前にも十分なスペース。両脇にベンチのようなもの。物語は広島に投下された原爆で亡くなった俳優たちが左右ののベンチにかけて見守る中、敗戦から数週間後、劇作家三好十郎(星野真広)の家へ、丸山定夫(南保大樹)の遺骨を抱いた八田元夫(能登剛)が訪れる場面に始まる。冒頭から既に生者と死者が時空を越えて同じ舞台に立つのである。

 俳優は舞台奥、左右、そして客席真ん中の通路も使って出入りする。三好の戯曲『獅子』の稽古の進行を主軸とし、途中から座組に加わった森下彰子(瀬戸さおり/ワタナベエンターテインメント)が、出征した夫で俳優の川村禾門(藤牧健太郎)にしたためた手紙を読み上げ、禾門が黙ってそれを読む景がもうひとつの軸となって物語が進む。

 実在の人物、それも命がけで芝居に取り組んだ先人たちを演じるのは、そうとうなプレッシャーがあったと想像するが、俳優は皆力強く誠実な演技で、見る者の心を素直にする。重苦しい題材ながら、稽古場に音売れた三好十郎が、通し稽古だというのに俳優の演技に我慢がならず、完膚なきまでに俳優たちに口角泡を飛ばして叩きのめす場面は、三好のあまりの様相に(演じる星野は外見も三好そっくりの作りで、そこもおかしい)笑いを堪えられないほどであった。

 最後にもう一度冒頭の場面になり、八田と三好のところに、丸山はじめ桜隊の面々が現れ、『獅子』の終幕を演じはじめる。生者と死者が交わるのは、非常に演劇的な趣向(趣向などという言葉を使うことが躊躇われるくらい、この場面は痛切であるが)であり、舞台の「気」が客席に伝わって、劇場ぜんたいの空気が盛り上がるほどの迫力がある。生き残った人々は『獅子』を見たかった。死んだ人々は、『獅子』を見せたかった。叶わなかった夢の悲しみが燃え上がるような場面だ。しかしそれだけに、あとひと息、敢えて交わらないところで踏みとどまることができなかったかと思うのである。

 堀川惠子の原作後半に、93年に映画評論家の白井佳夫が企画した映画『無法松の一生』の完全復元パフォーマンスで、老人となった川村禾門がかつて妻であった森下彰子とのことを告白したエピソードが記され、広島での桜隊全滅の様子、精力的に活動しながら、仲間を失った悲しみ、おそらく入市被爆であろう病に苦しんだ八田の戦後の記述が続き、禾門の死が深い余韻を以て、このぶ厚い作品が閉じられる。ノンフィクションでありながら、ドラマティックな印象があるのは、考え抜かれた巧みな構成であり、何より登場する人々への強い共感と深い愛情のためであろう。

 原作のあの人物のことはどうなったのか、このエピソードも舞台で見たかった等々は確かにある。しかし舞台に描かれなかったところを原作を読んだ記憶を補いながら見ることによって、喜ばしい手応えを得られた。堀川の原作執筆は大きな挑戦であったと思う。その舞台化に挑んだ劇作家、演出家、俳優すべての作り手もまた、大変な労苦であったはず。それを確と受け止めたい。作り手の共感と愛情を、客席の自分も大切にしたいのである。

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