因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

日本の30代公演 『ジャガーの眼2008』

2015-09-02 | 舞台

*唐十郎作 木野花演出 公式サイトはこちら 下北沢・駅前劇場 9月7日で終了
 昨年春、シェイクスピアの『十二夜』で旗上げした日本の30代、通称「ニッサン」が唐十郎作品に挑んだ。「全員が焦がれていた唐十郎さんの作品を、木野花さんの、己の存在をも問われるような厳しくも愛に溢れた演出、全スタッフさんの心強い底力にささえられ、幕を開けることができました」。
 当日リーフレット掲載の挨拶文である。ずっと作りたかった、演じてみたかった作品に取り組める。やっと夢がかなったことへの素直な喜び、感謝に満ちた文章のとおり、爆発するような熱いエネルギーを発する舞台であった。与えられたものをこなすのではない、自分たちがやりたいことを責任をもってやる。つくり手の必然がみるがわの必然になるかのごとく、前のめりになるかのように引きつけられた。

 参加したのは、大人計画、はえぎわ、毛皮族、温泉きのこなど、いわゆる小劇場系の劇団に所属する俳優たちだ。それぞれ話題作、問題作を精力的に発表しており、一定以上の評価を得て、固定したファンも持つ。しかし実を言うと、、「いつも同じ劇作家と演出家の作品をつくってきて、飽きたり、疑問を持ったりしないのかな」と感じていたのもたしかである。むろんプロデュース公演はさかんに行われているし、俳優個人がユニットを結成することも珍しくない。しかし「ニッサン」が生まれた必然は、それらを越えた俳優たちの飽くなき挑戦である。

 旗上げ公演にニッサンが選んだのがシェイクスピアの『十二夜』であり、演出に文学座の鵜山仁に迎えたのは、非常に象徴的なことである。筆者はこの公演を見のがしたが、自分たちの劇団ではできないことをしてみたい、古典と言われる作品を自分たちのカラーにするのではなく、作品の世界に素直に入ってみたい。そんな願いがあったのではないか。筆者は今回の『ジャガーの眼』を本家本元の唐組公演でみたことがなく、ニッサンが初である。それでも非常に懐かしい空気、見てみたかったのはこんな舞台だったのだという奇妙な既視感、郷愁が心を満たした。

 手づくり感あふれる大道具に小道具、話が盛り上がってくると、照明の色が変わり、テーマ曲が鳴り響いて、役者は(俳優にというより、この言い方のほうがぴたり)客席に向かって見得を切るごとく、決め台詞を吐く。待ってました!と歌舞伎なら大向こうがかかりそうだ。演じるほうも実に気持ち良さそうであるし、この雰囲気に身を委ね、どっぷりと劇世界に浸ることが唐十郎作品の醍醐味であろう。

 実を言うと、観劇した日の客席はわりあい静かであった。舞台にとまどっているのか、唐十郎作品にあまり慣れていないのか。唐組公演の紅テントに集まる観客は、いかにも通い慣れている「観劇のベテラン」が多い。前述のような「決め」の場の受けとめ方はもちろん、カーテンコールで役者一人ひとりの名を呼んだり、すっかり紅テントの空気になじみ、劇世界と一体になっているとも言える。

 「ニッサン」の試みは、俳優たちの対外試合であり、修業の場である。と同時に、もしかすると観客もまたシェイクスピアや唐十郎などの作品を体験し、学ぶことができるのだ。
 新劇、アングラときて、「ニッサン」の次回作が、早くも待ちどおしい。岸田國士や久保田万太郎等にもぜひ挑戦してほしいものだが。

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