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因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

劇団劇作家 劇読み!vol.2『人の香り』

2008-07-29 | 舞台
*石原燃作 関根信一(劇団フライングステージ)演出 公式サイトはこちら シアターグリーンBASE THEATER 公演は27日で終了
 番外編も含めてこれが3回めの「劇読み!」である(1,2,3)。千秋楽最後の1本をようやくみることができた。登場人物は母(清水ひろみ)と娘(岡野真那美)だけだが、今回の「劇読み!」にはもうひとり、ト書きを読む俳優がいる(大地泰仁)。

 ☆公演は終了しておりますが、本作の本格的上演を願って、ここからご注意くださいませ☆

 母と娘がひっそりと暮らす家、庭は母が丹精した薔薇が満開の香りを放つ。題名の『人の香り』が示すように、本作は「香り」「匂い」が大きなモチーフになっている。舞台は生身の俳優がその場で表現するものでありながら、考えてみると実際に匂いがする舞台を体験したことはあっただろうか?俳優がものを食べたり飲んだりする場面ならみたことがあるが、それはほんとうに食べ物があるから匂いがするわけで、その場では「おお、ほんとうにカレーライスだ」とおもしろがったり、「水瓜って、結構匂いがするんだな」と驚いたり。本作はむせかえるような薔薇の芳香と男のからだの匂いが、まとわりつくように母と娘を覆う。舞台の薔薇の花は造花であろう、まったく香らない。もしほんものの薔薇を使っていたり、何か香りを放つ仕掛けがあったら興ざめだと思う。何も香らないからかえって濃厚に感じられる。薔薇の香りを振り払い、消えていく男の匂いを記憶にとどめようとする娘の心象に思いを及ばせることができるのだ。
 
 登場人物はト書き氏を含め、3人とも台本を持つ。中盤、ト書き氏が娘の傍らに身を寄せ、娘は彼の(という表現になってしまう)台本を覗き込んで読む場面があり、ちょっとドキッとする。ト書き氏は、母娘の会話の中にだけ登場して姿をみせないあの男を象徴するものかもしれない。

 激しいやりとりがあって終幕、母が娘をみつめる。「かける言葉もなく」というト書きに胸が痛む。「母が教え給いし歌」が小さく聴こえ、傷ついた娘と母を優しく包む。1時間15分の短い作品であるが、片足が義足である娘という設定や前述の薔薇の香りなど、実際の上演にあたってはさまざまな負荷や枷が予想される。

 リーディングでは、本式の上演よりも演出家、俳優の思いや願いが強く感じられるときがある。しかもそれの強さや方向性は、作品によって異なる。たとえば5月にシアタートラムで上演された「日本語を読む」シリーズでは、既に亡くなった劇作家、大家と呼ばれる劇作家の作品に、限られた準備期間の中で力一杯ぶつかっていく作り手側の強烈なエネルギーを感じた。だが今回の『人の香り』には「わたしはこう読み解く」「わたしはこう演じる」というそれぞれの立場を主張するものではなく、劇作家の思いを尊重し、この世に生まれたばかりの戯曲が初めて世に出る瞬間を大切に見守る眼差しが感じられる。「リーディングってうさんくさい」とは、2月の番外公演シンポジウムにおける関根信一の名言であり、自分も共感する。今回はそこに「でもリーディングって不思議」と付け加えたい。
 

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