因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

サンモールスタジオプロデュース『elePHANTMoon×iaku』

2013-09-24 | 舞台

*公式サイトはこちら サンモールスタジオ 8日で終了
 サンモールスタジオの支配人である佐山泰三氏が、「最も観てみたい2人の劇作家に頼んでみた」「ショートストーリーでは物足りないので1時間以内の中編はありませんか?」(当日リーフレットより)と持ちかけて実現した公演である。
 2011年に『NUMBERS』を行って(筆者未見)以来およそ2年ぶりの「お祭り」(公演チラシより)でもあり、たくさんの舞台をみている佐山氏一押しの超実力派の劇団が競作する試みだ。
 じつは観劇は2週間も前なのである。もろもろあって書く気合いが入らずにいた。強烈な個性をもつふたつの劇団がガチでぶつかりあう、というよりは、何かしら静かな公演であった。なぜだろう。
iaku 横山拓也作・演出『人の気も知らないで』 (1,2,3,4
elePHANTMoon マキタカズオミ作・演出『ボクがうんこを食べる理由』 1,2,3,4,5,6,7,8,9

★iaku 横山拓也作・演出『人の気も知らないで』
 横山を語る上で、媒体や書き手に関わらずほとんどの人が異口同音に例に挙げるのが第15回日本劇作家協会新人戯曲賞を受賞した『エダニク』の抜群のおもしろさである。筆者は戯曲を先に読んだ。ほんとうに文句なしにおもしろい。秀作である。あまりにおもしろいためか、自分の脳内で舞台をあれこれ想像することが楽しくなってしまい、じっさいの上演をみたときいまひとつの印象であったことは非常に残念だ。これはいたしかたないことなのだろうか。

 『エダニク』は男性3人、今回の作品は女性3人による会話劇である。部署はちがうが同じ会社につとめる女性たちが、休日にカフェで落ちあった。桜が散ったころの日曜の午後である。
 さきに来た2人は交通事故で入院中の同僚を見舞ったあと、寿退社する別の同僚の結婚披露宴の出しものの打ち合わせをしようとしている。日曜も仕事をしている営業職の同僚の到着を待ちながら、見舞ったばかりの彼女の様子にショックを隠せない。彼女は「目に見える身体の一部欠損」(公演チラシ、リーフレット)を負ったというのである。

 「目に見える身体の一部欠損」を、観劇前の観客がどう想像し、じっさいの芝居をみてどう思うかが、本作を味わう大きなポイントになるだろう。この表現はいわゆるネタばれを防ぐために必要なものだ。実に思わせぶり。筆者が想像したのは、非常にヘヴィーな「一部欠損」であり、芝居のなかでその具体的なことが明かされたとき、これは不謹慎な言い方になるが、実はどうにも拍子抜けしてしまったのである。この時点で、自分は本作の流れに乗りきれなくなった。
 『エダニク』では、働く男たちが特殊な仕事ゆえに複雑にならざるを得ないプライドや情熱に翻弄されたり流されたりしながらの悪戦苦闘が実におもしろかった。
 今度は働く女たちの話だ。3人とも年齢や職歴、恋人のいるいないなどのプライベートもさまざまで、あけすけな大阪ことばの応酬のなかに、やりきれない気持ちや将来への不安、日々の仕事で心身をすり減らしてゆく焦燥感がにじみでて共感を覚えると同時に、「男性が女性の気持ちの奥底をよくここまで」と、少し恐ろしくもなった。

 しかしやはり「目に見える身体の一部欠損」をじゅうぶんに受けきれていない印象があり、加えて3人がほとんど動かずにしゃべりつづける形式もあって、なかなか集中できなかったのは残念である。戯曲を読みたい、そこで浮かんだイメージのなかで女性3人をどんどん動かしてみたいと強く思う。

elePHANTMoon マキタカズオミ作・演出『ボクがうんこを食べる理由』
 あまりなタイトルであるが、そのとおりの内容である。俳優というのはいろいろな設定や場面や役柄を演じなくてはならないのだなぁ。しかしながら劇団員の永山智啓、山口オンはもちろんのこと、客演の橋本拓也、森南波ともに堂々たるもので、マキタカズオミへの信頼がみてとれる。

 50分を短編ととらえるかどうかは微妙である。昨年の『闇音』公演はもっと短かったが、終幕に「おいおい、本気か」とあっけにとられて半笑いにさせられるあたりはマキタカズオミならではであった。今回は緩やかに鈍く迫ってくる印象である。いつもの本公演のように、90分の長さでマキタの筆力をもってすれば、さらに深いところまでたどりつける可能性はあるが、タイトルで語りきっているところもあるので、思いきって30分に刈り込むこともできるかもしれない。
 内容はともかく、登場人物が笑いながら終わるマキタの芝居ははじめてではなかろうか。最後の最後まで気が抜けず、背後から切りつけられたり、突き落とされたりするような衝撃性を好んでみつづけてきた者にとっては、新境地への模索を感じさせる終幕である。
 次回本公演は来年2月の由、見のがすまじ。

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