因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

MSPインディーズ『ローマとんでも英雄伝-もうひとつのローマ英雄伝-』

2019-09-06 | 舞台

公式サイトはこちら1,2,3,4駿河台スタジオ 8日まで
 「明治大学シェイクスピアプロジェクト(MSP)のレガシーを、MSPの枠組みを超えたところで継承していくこの試み」(当日リーフレット掲載 監修の井上優准教授による)がMSPインディーズである。シェイクスピアが描いたローマ時代の物語を趣向の異なる3本のステージに編み、一挙上演する企画である。ビッグエコー神保町店のビル地下のスタジオに入ってまず「俳優はどこで演技するのか?!」。演技スペースを客席が両サイドから挟む、いわゆる対面式の形は珍しくない。今回も対面式ではあるのだが、段差のないスタジオには数列の椅子が整然と並んでいる。手前、奥側の椅子の最前列のあいだに、人がすれ違うことができるかどうか…といった程度の狭い空間があるだけなのだ。客席両端に通路はあるものの、いったいどんな舞台になるのか?

 ◆其の壱 リーディング公演『三月の15日め』
 作・演出:イノウエマサル タイトルから一目瞭然、あの話題作の外枠を借りたシェイクスピアの『ジュリアス・シーザー』の前半部分である。ローマに凱旋した英雄シーザーを迎える市民の高揚と、その背後に蠢く暗殺の陰謀を、初デートのときめきや、秘密を抱える夫への不信と愛に混乱する妻の様相などに絡めて描いたもの。「~っていう話をこれから始めます」という口調の軽さや緩さは今となっては懐かしい(ちなみに本家本元観劇の記事はこちら)ものである。そして何度か繰り返される「~っていうことは言わないで」という台詞には、本音を言わず、強い主張をしないままの若者の気質が読み取れる。古典作品を現代調に翻案したときに陥りがちなあざとさは全くなく、「男優1」、「女優1」という役名で配された俳優4名は気負うことなくその場に存在している。

 ◆其の弐 読上歌舞伎『自由太刀余波鋭鋒』(じゆうのたなごりのきれあじ)
 テキスト:坪内逍遥 補綴:井上優 演出:西村俊彦
 今年5月に行われた前回公演『何櫻銭世中』のスタイルである。現役明大生が文語体と格闘中の様相が緊張感を生む。空間をこのように使うとは予想できなかった。これは見てのお楽しみである。3編すべてに出演する卒業生の宮津侑生が幕間の案内役もつとめており、観客の理解を助け、劇世界へ自然に導くことに成功している。

 ◆其の参 一人芝居ミュージカル短編集より『クレオパトラ 紀元前31年の恋バナ』
  作・演出:西村俊彦 作曲:伊藤靖浩 以下リンクはいずれも西村のblogから
 俳優・ナレーターとして活躍する西村には『ひとり天空の城ラピュタ』という傑作があるが、「一人芝居ミュージカル」もまた彼の個性と才気が発揮されたステージである。「一人芝居ミュージカル短編集」と銘打って2017年に初演された西村俊彦オリジナルの作品(脚本公開)を自身が演出し、女優のダブルキャストで上演する。
 女としてアントニウスとの愛を貫くか、エジプトの女王としてオクタビアヌスの要求を受け入れ、国と国民を守るか。スケールが大き過ぎ、あまりに特殊なため、誰も助言できない人生の問題に揺れるクレオパトラの葛藤と決断が描かれる。MSP卒業生依田玲奈と現役生柳下花恋のダブルキャスト。この空間にここまで自分をさらけ出し、全編が独白と歌という形式のステージを演じ抜く演者の天晴なこと。思い切りの良さ、度胸に感服する。

 3編はいずれも、壮大な歴史劇のなかにある「わたくしごと」を、登場人物それぞれの足元に立って、それぞれの目の高さで綴られた物語である。当日リーフレットに西村が記すように「どんな英雄も、ただの人」。シェイクスピア作品の、あの朗々とした台詞に耳を澄ませ、英雄や女王やローマ市民の心の奥底の声を引っ張り出したステージは、11月に上演される第16回明治大学シェイクスピアプロジェクト『ローマ英雄伝』の序章でもあり、小さな空間に凝縮された物語が大海原に漕ぎ出す期待を抱かせるものであった。
 

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