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Yeats, "Sweet Dancer"

ウィリアム・B・イェイツ (1865-1939)
「踊り子」
(「バルセロナにて」)

あの子が踊っていく、そこ、
木の葉が散りばめられた庭の、刈られたばかりの、きれいな
草のところを。
若さの苦痛から逃れて、
とりまく人々から逃れて、
自分の黒い雲からも。
--ああ、美しい踊り子よ。

変わった人たちが出てきて、
あの子を連れていこうとしても、いわないで、
あの子、おかしいから幸せなんだ、と。
彼らにはそっと脇にそれてもらって、
あの子に最後まで踊らせてあげて。
最後まで踊らせてあげて。
--ああ、美しい踊り子よ。

* * *

William B. Yeats
"Sweet Dancer"
("At Barcelona")

The girl goes dancing there
On the leaf-sown, new-mown, smooth
Grass plot of the garden;
Escaped from bitter youth,
Escaped out of her crowd,
Or out of her black cloud.
Ah, dancer, ah, sweet dancer!

If strange men come from the house
To lead her away, do not say
That she is happy being crazy;
Lead them gently astray;
Let her finish her dance,
Let her finish her dance.
Ah, dancer, ah, sweet dancer!

* * *

伝記的には、イェイツが1930年代に知りあった
マーゴット・ラドック(Margot Ruddock)という
女優/詩人が、この詩の「踊り子」とされています。
一応、参照までに以下のものを。(ゴシップ的な
側面のあるエピソードですので、特におすすめはしません。)

McHugh, ed. Ah, Sweet Dancer: W. B. Yeats,
Margot Ruddock: A Correspondence
(1970).

Ross, Critical Companion to William Butler Yeats
(2009) 77.

The Times (20030903の記事)
http://entertainment.timesonline.co.uk/tol/
arts_and_entertainment/books/article1069084.ece
(改行を入れています。)

* * *

以下、解釈例。

4 bitter
"Sweet" の反意語(OED 1)。

(5 her crowd
この踊り子のモデルのラドックが女優だったことを
考えると、この "crowd" に「観客」の意を読みこんで
いいかも。
OED 1b])

(8-13
イェイツと知りあった数年後に、ラドックが
精神科に入院したことを背景とする表現として解釈。
"[T]he house" は病院、"strange men" は、医師や
親族、知人たちかと。)

11 lead astray
下記の通り、"astray" についてOEDには「正しい道から
はずれて」、「正道からそれて誤りや悪に向かって」という
二つの定義しかない。

Astray: 1. Out of the right way, away from
the proper path, wandering; 2. Away from
the right; in or into error or evil.

もちろん、ここでは1の定義で考えるべきであろうが、
"wandering" というニュアンスは、やや文脈にそぐわないようにも
思われる。「少し仕事を忘れてもらって」という表現にすれば、
2の定義のほうがよりふさわしく見えたりもする。

・・・などということと同時に勝手に頭に浮かんでくるのは、
ミルトンの「思いにふける人」("Il Penseroso," 1645)。そこでは、
タイトルにある「思いにふける人」が、夜更けにナイチンゲール
(という鳥)の声を聴きたくて、森をひとり歩く・・・・・・が、
それは聴こえてこない・・・・・・そのまま、きれいに刈られた
緑の草地("smooth-shaven green")を歩きながら「さまよう月」
("the wandering moon")を見る・・・・・・ その月は、まるで
天の広き道なき道から迷い出た("led astray")かのよう・・・・・・。

---
ついでに道からそれますが、「天の広き道なき道から迷い出た」
("led astray / Through the heaven's wide pathless way")
という表現はすごくないですか? 広い夜空には、道とは
見えませんが星たちの通る決まった道があって、でもやはり
月など明るい星は、自分の道からさまよい出たように見えて。

「思いにふける人」の、この夜の森のナイチンゲールと
月の場面は、コールリッジの「ナイチンゲール」に
引用/言及されています(表向きは批判的に)。そちらも
よろしければ。

ちなみに "planet" という語は、ギリシャ語の "lead astray,"
"wander" という言葉からきているそうです(OED, "planet")。
「惑星」という言葉も、その直訳なんですね。たぶん。
---

英文テクストは、W. B. Yeats, Collected Poems,
1889-1939
<http://www.archive.org/details/
WBYeats-CollectedPoems1889-1939> より。

* * *

以下、リズムの解釈例。





基調はストレス・ミーター(四拍子)。
ペンで机をコツコツする、手をたたくなど、
上のスキャンジョンのBのところで拍子をとりながら、
以下を読んでみてください。

行によって複数のビート・パターンを示しました。
いろいろ試していただければと思います。
読み方ひとつで雰囲気が大きく変わります。
(たとえば8ビートの曲を4ビートや16ビートで演奏できたり
するようなもので、どれが正しいかということは、
特に考える必要ないと思います。)

先にあげたミルトンの「五月の朝」やジョンソンの
「こだま」は、ストレス・ミーターの行と五歩格の行を
混在させることによりリズムに変化を与えていました。
このイェイツの詩は、四拍子という枠のなかで
構文と各行の音節/ビート数を変化させることにより、
それからストレスのある音節とビートの位置を散らすことにより、
リズムと雰囲気に変化を与えています。

* * *

1
ふつうに(歌のようにではなくふつうの発話として)読むと
girl goes dancing の強音節すべてにビート(拍)を
感じると思うが、次行以降、最後まで声に出して読み、
再度この行に帰ると、この詩全体のスピードはその半分、
girl と dancing の強音節のみにビートをあわせる感じと
わかる。

2-3
いわゆる「行またがり」(enjambment)でつながっていて
(run-on になっていて)、3行目のフレーズの切れ目(plot)まで
つづけてふつうに読むと、そこにちょうど四拍子の句切れ目が
聞こえる。

[G]arden の後に記した(B)(B)(B)は、もしこの詩を
四拍子の曲にのせるなら、of the garden で一行分に
する必要があるかも、という勝手なアイディア。

(第1スタンザ、第2スタンザとも、それぞれ前半の1-3行目/
8-10行目には行またがりがあり、意味的/リズム的に
後半4-7行目/11―14行目とは大きく異なる。)

4-7
構文もリズムBBB(B)もそろえてある。が、4-6行目では
四つのビート BBB(B) のうちの二つ目の位置が
行ごとに変えられている。(ストレスのある音節の場所--
bitter, out, black--の操作により。)
こうして出てくる独特の浮遊感は、描かれている女の子の
踊りの不規則性を暗示するものと思う。

---
なお、構文的には、4-5行目の最初、Escaped の前に、
She has (か Having か何か)が省略されています。
ここの Escape は自動詞(「逃れて自由になる」 OED 1a)
なので、Escaped from . . . は、受け身の分詞構文では
ありません。

(どこで読んだか忘れましたが)少し後の世代の詩人オーデンは、
時としてイェイツが、構文や内容の明瞭さより音やリズムを
優先することを批判していました(確か)。この「踊り子」にも、
そんなイェイツの特徴がうかがわれように思います。
---

11―13
第1スタンザの4-6行目と異なり、この三行ではストレスの位置と
ビートの位置がそろっている。行頭の音も /l/ でそろえてある。
8-10行目で strange men が出てきたからか、
女の子の踊りから自由な不規則性がなくなっているような、
そんな印象を受ける。

12―13
内容語(ストレスあり)と機能語(ストレスなし)の中間に位置する
微妙な let (動詞だけど機能語的)にビートをおくかどうかで
だいぶ印象が変わる。 個人的には、ビートもストレスもおかずに
読んだときのつぶやきのような雰囲気がいい感じかと思う。
踊っていた女の子が医師たちに連れもどされそうになっているのを見て、
「・・・最後まで踊らせよう・・・最後まで・・・」みたいな。

* * *

響きあう母音/子音の重なり各種--

girl - goes
leaf-sown - new-mown - smooth
Grass - garden
crowd - black - cloud
away - say
happy - crazy - astray
Lead - gently - let

(頭韻、行内韻、母音韻、子音韻、パラライムなどの
用語は定義があいまいなので使いません。)

* * *

詩のリズムについては、以下がおすすめです。

ストレス・ミーターについて
Derek Attridge, Poetic Rhythm (Cambridge, 1995)

古典韻律系
Paul Fussell, Poetic Meter and Poetic Form, Rev. ed.
(New York, 1979)

その他
Northrop Frye, Anatomy of Criticism: Four Essays
(Princeton, 1957) 251ff.
(後日ページを追記します。和訳もあります。)

Joseph Malof, "The Native Rhythm of English Meters,"
Texas Studies in Literature and Language 5 (1964):
580-94

(日本語で書かれたイギリス詩の入門書、解説書の多くにも
古典韻律系の解説があります。)

* * *

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