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Sidney, "Faire rocks, goodly rivers. . . . "

フィリップ・シドニー(1554-1586)
(「きれいな岩、美しい川・・・・・・」)
(『ペンブルック伯爵夫人のアルカディア』より)

きれいな岩、美しい川、心地いい森、いつになったら
ぼくの心は安らぐのだろう?
- だまって。

だまって、って、そんなこというのは誰? 誰が近くにいるの?
- あたしよ。

わかった、こだまだね。
- そう、こだまよ。

ようこそ。こっちに来て、君の話もしてよ。
いいわよ。

魂を悲しみに奪われてしまっていて、
そんな状態で何か得られるものはあるのかな?
- 悲しみだけよ。

死んでしまいそうな心の痛みに効く薬って、
何かある?
- 死だけね。

ああ、なんて毒のような薬! それより悪い
ものって、ないんじゃない?
- 死があるわ。

この死に至る病にかかる前、ぼくはどうだった?
- 落ちついていたわ。

どういう性格だから、こんな状態になっちゃったのかな?
- 頭が悪いのよ。

欲望をとがめる強さが理性にはないのかな?
- 試してみれば。

やってみたよ。でも、なにか薬はある? 理性がどこか
行ってしまうんだ。
- ひとつあるわ。

おお! それ何? 何? ぼくの恋の薬になるのは?
- 相手も君が好きだったら、ね。

恋する男が求めるものは何? 何を手に入れたいんだろう?
- よろこびよ。

でも、そのよろこびって何? それを手に入れるために
苦しまなくてはならないなんて。
- その苦しみがよろこびなの。

なら、真剣な愛をいちばん実らせるものは何?
- それを終わらせることよ。

終わらせる? そんなこと絶対できないよ。
愛の神キューピッドが許してくれないよ。
- 恋なんて、もうやめておきなさい。

そういう薬が効かない状態の心って、どうなってるのかな?
- 病んでるのよ。

でも、ぼくがいったような病気のときにはどうすればいいか、
もう一回言ってよ。
- もう言ったでしょ。

こんな病気にかかった不幸な人には、それがいつ直るか
わかるかな?
- いいえ。

でも、自分の病気についてわかっていないんだったら、
誰にしたがって行けばいいの? 自分の目が見えないんだったら。
- 目の見えない人について行けば。

どんな目の見えない案内人が、夢見るような恋に
導いてくれるの?
- 妄想よ。

妄想って盲目なの? 空を歩いてるようにふわふわしてると
転んじゃうの?
- しょっちゅうね。

こんな拷問のようなつらさがぼくにふりかかってきたのは
なんでかな?
- 光にやられたのよ。

そんなちょっとしたことで、こんな死にそうにつらい気持ちに
なるの?
- そうよ。

でもさ、ぼくをこんな死にそうにつらい気持ちにする
ちょっとしたことって、いったい何?
- 目で見ちゃったのよ。

確かに、見たからまいっちゃったんだ。でも、ぼくの目を
つらぬいて入ってきたのは何なの?
- 彼女の視線よ。

目って、傷つけるの? 視線にぶつかって痛いなんて
ことがあるの?それでぼくはどうなったの?
- 堕ちたのよ。

でも、ぼくが堕ちたいちばんの理由は何かな?
- テクニックよ。

テクニック? 君のいうテクニックって、どんなもの?
- ことばよ。

ことばのテクニックがもたらすものって何?
ことばによって何が生まれて大きくなるの?
- 会話よ。

ちがうよ。会話以上のものさ。あの子のことばは、
ぼくをずっとしあわせにしてくれるんだ。
- より不幸にするのよ。

いつになったら、あの子、ぼくのこと気づいてくれるかな?
とにかく気づいてほしいんだけど。
- ずっと先の話ね。

そんなこというなんて、君もずっと悲しんでいればいいんだ。
あの子、ぼくの気持ち、どう思ってるのかな?
- 納めて当然の貢物のように、かしらね。

なら、彼女のところに行ったら、何をもらえるかな?
- 風のように気のない返事、くらいじゃない?

風、あらし、大雨かみなり、だったらどうしよう。
で、結局、ぼくの欲望に対して彼女はどう応えてくれるんだろう?
- 怒るんじゃない?

そんな、ぼく、かわいそう。 でも、しかたないのかな。
他の女性よりも高いところにいる人だから。
- ほーんのすこーし、だけね。

彼女のような、まるで天使みたいな人を、どう呼べば
いいんだろう?
- 悲しみをもたらす人、ね。

でも、その悲しみがよろこびのように感じられるんだ。
ぼくの気分にぴったりあっていて。
- わたしも、昔はそう思ってたわ。

ホントそうなんだよ。この悲しみを通らなくては、
ぼくが願っている幸せにたどり着けないんだ。
- 行きつく先は、幸せじゃないわ。呪いよ。

ぼくを幸せに導くものを呪いだなんて、君こそ
呪われてしまえ。
- 冗談よ。

へりくだって簡単なことをお願いしたら、
きれいな人でも応えてくれるんじゃないかな?
- ムリね。

手に入れることが困難ってことは、浮気を
しないってことだよ。鉄のようにかたい心が
あるってことで、ね。
- ウナギみたいに逃げられるわよ。

そういう人ってどう冷たいの? ねえ?
君はよく知ってるんでしょ?
- 傲慢で高飛車なのよ。

どうして傲慢になんかなるの? まさに美の源泉である
ような人が?
- まさに、キレイだからよ。

これはひどい冒涜だよ。いちばん神聖な人に対して。
- 神聖だなんて、ウソよ。

ウソをいっているのは君だよ。キレイな人の心は、
まさに美徳そのもののように正しいはずだよ。
- まさに、そのはず、なのにね・・・・・・。

神々にのみふさわしい、あのダイヤモンドのような
彼女たちの心を、君はバカにするのかい?
- 神々と女性だなんて、全然つりあってないわ。

つりあっていないなんて、そんなことないさ。だって、
ぼくは天国よりも彼女たちのほうがいいと思うんだから。
- 勘違いしてない?

でも、もう一回教えてよ。キレイだけど冷たい人を、
君はなんて呼ぶ?
- 悪魔、かしら。

悪魔? そんな悪魔がいる地獄なら、ぼくはよろこんでいくよ。
- いってらっしゃい。

* * *

Philip Sidney
"Faire rocks, goodly rivers, sweet woods. . . . "
(From The Countesse of Pembrokes Arcadia)

Faire rocks, goodly rivers, sweet woods,
when shall I see peace?
- Peace.

Peace? who debars me my tongue?
who is it that comes me so nie?
- I.

I doo know what guest I doo meete:
it is Echo.
- T'is Echo.

Well mett Echo; aproch, and tell me
thy will too.
- I will too.

Echo, what doo I get yeelding my sprite
to my grieves?
- Grieves.

What medicine may I finde for a paine
that drawes me to death?
- Death.

O poisonous medicine: what worse to me
can be then it?
- It.

In what state was I then, when I tooke
this deadly disease?
- Ease.

And what maner a minde, which had to
that humor a vaine?
- Vaine.

Hath not reason enough vehemence
the desire to reprove?
- Prove.

Oft prove I: but what salve, when Reason
seeks to be gone?
- One.

O what is it? what is it, that may be
a salve to my love?
- Love.

What doo lovers seeke for, long seeking
for t' enjoye?
- Joy.

What be the joyes, for which t' enjoye
they went to the paines?
- Paines.

Then to an earnest love what doth best
victorie lende?
- Ende.

Ende? but I can never ende: Love will
not give me the leave.
- Leave.

How be the mindes disposde, that cannot
taste the Physicke?
- Sicke.

Yet say againe th'advice for th'ils
that I tolde thee.
- I told thee.

Doth th'infecfed wretch of his ill
th'extremitie know?
- No.

But if he know not his harmes, what
guids hath he whilst he be blind?
- Blinde.

What blinde guides can he have that
leades to a fancie?
- A fancie.

Can fancies wante eyes? or he fall
that steppeth aloft?
- Oft.

What causes first made these torments
on me to light?
- Light.

Can then a cause be so light, that
forceth a man to goe die ?
- I.

Yet tell, what light thing I had in me
to drawe me to die?
- Eye.

Eie-sight made me to yeeld: but what
first pearst to my eyes?
- Eyes.

Eyes hurters? eyes hurte? but what
from them to me falls?
- Falls.

But when I first did fall, what brought
most fall to my harte?
- Arte.

Arte? what can be that arte, which thou
doost meane by thy speach?
- Speach.

What be the fruites of speaking arte,
what growes by the wordes?
- Wordes.

O much more then wordes: those wordes
served more me to blesse.
- Lesse.

O when shall I be knowne, where most
to be known I doo long?
- Longe.

Long be thy woes for such bad newes:
how recks she my thoughts?
- Oughts.

Then, then what doo I gayne, since
unt' her will I doo winde?
- Winde.

Winde, tempests, and stormes: yet in ende
what gives she desire?
- Ire.

Silly rewarde: yet above women
hath she a title.
- A tittle.

What great name may I give to
so heavenly a woman?
- A Wo-man.

Woe, but seems to me joye, that agrees
to my thought so.
- I thought so.

Thinke so: for of my desired blisse
it is onely the course.
- Course.

Curst be thy selfe for cursing that,
which leades me to joyes.
- Toyes.

What be the sweete creatures where
lowly demaundes be not harde?
- Harde.

Harde to be gott, but got constant,
to be helde very steeles.
- Eeles.

How be they helde unkinde? speake,
for th' hast narrowly pry'de.
- Pride.

How can pride come there since
springs of beautie be thence?
- Thence.

Horrible is this blasphemie unto
the most holie.
- O lye.

Thou li'st, false Echo; their mindes,
as vertue, be juste.
- Juste.

Mockst thou those Diamonds, which onely
be matcht by the Godds?
- Odds.

Odds? what an odds is there, since them
to the heav'ns I preferre?
- Erre.

Tell yet againe, how name ye the goodly
made evill?
- A devill.

Devill? in hell where such Devill is,
to that hell I doo goe.
- Goe.

* * *

羊飼いと「こだま」(Echo)の対話形式で書かれた詩。
人の言葉の終わりのところを、こだまがくり返す、
というオウィディウス『変身物語』以来の書き方。
(ウェブスターの『モルフィ公爵夫人』などにも見られる。)

「こだま」については、Jonson, "Echo's Song" についての
記事(20110521)もご参照を。

* * *

以下、訳注。
(行数は、この記事における表示上のもの。)

5 nie
= nigh = near

13 sprite

16-18
16-17世紀の作品には、恋わずらいで死ぬ、
というシナリオ、発想が頻出。

20 then
= than

25-26 what maner a
= What manner of (OED, "manner" n1, 9a).
語順などを修正すると、What kind of mind had
a vein to that humor?

[T]hat humorは、23行目のthis deadly
disease(つまり、恋わずらい)のこと。

26 vaine
= vein = 傾向(OED "vein" n. 13b)

27 vaine
= vain (知恵がない、思慮が足りない--OED,
"vain" a. and n. 3)。一般的にvainは、
中身がない、真の価値がない、というような意味。
「みえっぱり」という意味もここから。つまり、本当の
実力や富などをもっていないのに、そのふりをしている、という。

30 prove
試す、試験する(OED I)。

32 be gone
OED, "go" 48を参照。

44 victory
成就、成功(OED 3)。

44 lend
(一時的に)与える(OED "lend" v.2, 2a)。

47-48 leave
47では「許可」(名詞)。48では「やめる」、「捨てる」など
(動詞、OED, "leave" v.1, II)。

49 disposde
= disposed = なんらかの(身体的、精神的)状態にある
(OED, "disposed" 2a, 3)。

50 Physick
= physic = medicine (薬)。

56 extremitie
= extremity (本当の終わり、終わりの終わり)(OED 1)。

58-60
マタイの福音書15章14節、ルカの福音書6章39節のことば、
「盲目の人が盲目の人の手を引けば、二人ともドブに落ちる」から。
これを描いたブリューゲルの絵が次のURLなどに。
http://museodicapodimonte.campaniabeniculturali.
it/thematic-views/image-gallery/OA900019/?
searchterm=bruegel

62-63 fancy
62: 恋(OED 9b)、楽しいこと/もの(OED 10)。

68-70 light
68: 降りてくる(OED, "light" v1. II)。
69: 光(73行目以下参照)。
70: 軽い、やさしい、強引でない、重要でない、ちょっとした。

72 I
= aye = yes.
(「アイアイサー」の「アイ」はこれ。「サー」はSir.)

76 yeeld
= yield (降伏する)(OED, III)。

79 hurte
= hurt = ぶつかる (OED 6)、傷つける(OED 7)。

83 fall
"Fall" の原因(OED, "fall" n.1, 17)。

91-92
構文は、those wordes served more to bless[e] me.

97
「こだま」とナルキッソスのエピソードを参照。
(上記ジョンソンの記事20110521に。)

99 oughts
支払われて当然のもの(OED, "ought" n.2; "ought" v)。

101-2 winde
101: 行く(OED 2a)。
102: 中身のないもの/ことば(OED 15)。

102では、裏の意味として、おなら(OED 10)も。
出た、イギリス名物、トイレネタ・・・・・・。

103 tempest/storm
どちらも「あらし」(大雨+暴風+雷+稲妻)。
ただ、stormの場合、暴風抜きの場合も(OED 1a)。

106 Silly
あわれみや同情に値する(OED 1)。

107 title
地位、名誉などをあらわす称号(OED 5a)。

111 Wo-man
= Woe-man.

114
Jonson, "Echo's Song" についての記事
(20110521)を参照。かつて「こだま」が、ナルキッソスに
恋していたときの気持ちのことをいっている。

117 Course
= Curse

120 Toyes
= Toys = 冗談(OED 3a)。

124-6
ここは、当初削除された箇所。

133-5
[B]e justeの前にshouldなどの助動詞が省略されている。
羊飼いは、そうであるはず、という意味でshouldを使っている。
これに対して、「こだま」は、そのはずだけど、そうであるべき
(だけど違う)、といっている。

134-5 juste
134: 正しい(道徳的に)(OED, "just" a. 1)。
135: まさにその通り(OED, "just" adv. 3)。

133-5
美しい姿は美しい心のあらわれ、というかたちで、
プラトンのイデア論を応用している例。16-17世紀の
作品によく見られる。

ミルトンの『仮面劇』(コウマス)の主人公(気高い貴族の
少女)曰く、「心が強い人[女性]は、身体的にも強い
[悪い男性よりも]」。
(素直な援用。)

アフラ・ベーンの『放浪貴族』(The Rover)の主人公
(ナンパ野郎)曰く、「立派だろうがなんだろうが、カワイコ
ちゃんはカワイコちゃん」。
(美のイデア論なんてウソ、ということ。)

---
「健全な精神は健全な肉体に宿る」といういい方も同種。
私事ながら、からだの弱かったうちの祖母は、このいい方が
嫌いだったとのこと。)
---

138 Odds
釣り合いがとれていないもの、またはそんな状態
(OED, "odds" n. 1-2)。

* * *

詩形は、古代ギリシャ/ローマの長短短六歩格
Dactylic hexameterの英語版。長音節と短音節の
組みあわせでつくる、いわゆるquantitative verse
(「音量詩」と訳す?)のひとつ。

各行について、次のように音節が並ぶ

ˉ˘˘| ˉ˘˘ | ˉ˘˘ | ˉ˘˘ | ˉ˘˘ | ˉx

(四つ目までの ˉ˘˘ は ˉˉ でも置き換え可)

------
ˉ 長音節:
長母音、二重母音、二つの子音の前の母音
(ただし、この二つの子音が b, c, d, g, p, t + l, r の
組みあわせのときは除く。)

˘ 短音節:
長音節以外のすべての母音

x 長音節でも短音節でも、どちらでもいい
------

これは、古代ギリシャ/ローマの詩のリズムの代表的な
詩形のひとつで、ホメーロスの『イリアス』やウェルギリウスの
『アエネイス』など、特に叙事詩で用いられたもの。
シドニーの時代、16世紀の後半に、これを英語の詩に
導入した作品がかなり多く書かれたが、いろいろ無理が
あって不自然だったので、すぐに廃れた。

叙事詩の詩形で、上の詩のように恋愛小ネタを語ること自体、
この詩形の導入が、あくまで実験的な段階にあったことを
示している。

(ちなみにスペンサーは、この詩形の流行にのらなかった。)

上の詩のスキャンジョン例--


(下のAttridgeの本によれば、この詩のリズムの組み方には
ミスが多いとのこと。)

ラテン語の長/短音節と、英語の強/弱音節が
重なっていないから、たとえば、1行目のrocksを
長く発音すれば不自然となり、またこれをふつうに
短く発音すれば、この詩形の意味がなくなる。

16世紀後半におけるquantitative verseの流行については、
Arrtidge, Well-Weighed Syllables (Cambridge, 1974) を
参照。

* * *

英文テクストは、Philip Sidney, The Countesse
of Pembrokes Arcadia, ed. Albert Feuillerat
(Cambridge, 1912)より。(見やすいように編集。)
http://archive.org/details/countesseof
pembr00sidnuoft

* * *

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