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Milton, ("Lawrence of vertuous Father vertuous Son")

ジョン・ミルトン
(「お父さんに似てまじめな君、ローレンス君」)

お父さんに似てまじめな君、ローレンス君、
野原はぬれ、道もぬかるんでるけど、
どこかで会えないかな? 空が不機嫌な日は
火のそばですごしたいね。冷たい季節だけど、

少しでも楽しめればと思うんだ。そのほうが時間も
早く過ぎて、気がつけば、また春の西風が凍った大地に
命を吹きこんでたりする。百合や薔薇も
きれいな色の服をもらっててね。

食事は何がいい? 軽めで、でもよりすぐりで、
さりげなく品がいい感じ、とか? ワインも用意しないと。そのあと、
リュートや歌を聴こう。すてきな声の女の人に

名曲、トスカナ風の歌とか歌ってもらおう。
こういうことのよさを知る、時おり楽しみを
はさみながら生きる--これは愚かなことではないからね。

* * *
John Milton
("Lawrence of vertuous Father vertuous Son")

Lawrence of vertuous Father vertuous Son,
Now that the Fields are dank, and ways are mire,
Where shall we sometimes meet, and by the fire
Help wast a sullen day; what may be won

From the hard Season gaining: time will run [ 5 ]
On smoother, till Favonius re-inspire
The frozen earth; and cloth in fresh attire
The Lillie and Rose, that neither sow'd nor spun.

What neat repast shall feast us, light and choice,
Of Attick tast, with Wine, whence we may rise [ 10 ]
To hear the Lute well toucht, or artfull voice

Warble immortal Notes and Tuskan Ayre?
He who of those delights can judge, And spare
To interpose them oft, is not unwise.

* * *
1620年代から英語で広まってきていた(ラテン語では
それ以前から読めた)ホラティウス的なカルペ・ディエム
(今を楽しもう)の主題をミルトン流にアレンジしたソネット。
1650年代の作品。

カルペ・ディエムといっても、フレンチ・ソネット風の
なまめかしいものや、カトゥルス、オウィディウス的な
悪い誘惑の詩にならないのがホラティウスの作品。
より知的で哲学的。(エポード8番、12番のように
とんでもない作品もあるが。)

Cf.
Daniel, ("Looke Delia how wee steeme . . . ")
Jonson, "To Celia" (1)
Jonson, "To Celia" (2)

1650年代にはもうソネットという詩形はほぼ廃れていた、
またそもそもホラティウス的な内容をソネットで扱うことは
まずなかった、などという点で実は斬新な作品。
いつだってミルトンは、おとなしく慣例にしたがったりしない。

ホラティウスの翻訳・翻案や、それに類する内容をあつかう
ときの定番はカプレット(二行ずつ脚韻を踏む)。
Jonson (tr.), Horace, Ode 4.1
Herrick (tr.), Horace, Ode 3.9
Marvell, "An Horation Ode"
Fanshawe (tr.), Horace, Ode 1.9

* * *
17世紀のはじめからなかばにかけてホラティウスを
翻訳・翻案していたのは、いわゆる「王党派」的な
立場の詩人たち、つまり、宗教や日々のくらしに
おいて何かと厳格ないわゆる「ピューリタン」とは
対立する立場の人たち。

ギリシャ・ローマ古典を愛する貴族的・享楽的・知的な人々
(+ 劇場や季節のお祭りなど、ふつうの娯楽を愛する人々)
vs
超まじめで攻撃的なクリスチャン
(劇場は不道徳だからつぶせ、祭りは禁止、クリスマスも禁止、
教会のパイプオルガンは壊せ、ステンドグラスも割ってしまえ、
などと宗教思想的に考える人々 + ただ暴れたい人々)

このような対立図式のなかで、少なくとも政治的には後者の
「ピューリタン」側についていたと言えるミルトンが、前者、
王党派側の視点に立ったこのソネットを書いている、
というところが重要。音楽が好きで自分もオルガンを弾くなど、
ミルトンはガチガチの「ピューリタン」ではなかった。

「チャールズ1世は死刑で当然」など、政治論文ではいろいろ
過激なことを言う傾向があるが、(また、ふだんの会話では
皮肉がきつかった、などという記録もあるが、) ミルトンは
わりと穏健で中道的な人だったのでは。(だから王政復古後、
処刑されなかった。いやがらせ的に逮捕されたりはしたが。)

逆に見れば、楽しもう、という詩のなかで、
料理は軽めに、楽しみはひかえめに、と言うところに
ミルトン独特のまじめさがうかがわれる、とも。

Cf.
Herrick, “On Himself” (Hesperides 170)
Cowley, "The Epicure"

* * *
「ローレンス君」はエドワード・ローレンス(Edward Lawrence,
1633-57)。「お父さん」はヘンリー・ローレンス(1600-64)。
二人とも政治家。

特にヘンリーは共和国期にクロムウェルに重用された人物。
1650年代初期に独立派・反律法主義の取り締まりを訴えるなど、
ミルトンとは対立する立場にあった。

反律法主義:イエスが人間の罪をみな贖ってくれたから、
もう何をやっても罪ではない、という考えかた。
人間ひとりひとりがイエスだ、神だ、などと言って
非常識・反社会的なことをするフーリガン的な人々がいた。

そんなヘンリーと親交があり、この詩のみならず政治論文の
なかでも名前をあげて彼を称えている、などというところに
人間関係の機微が見える。友人 = 考えかたが同じ人、ではない。
(少なくとも、ミルトンはそういうタイプではなかった。)

* * *
英語テクストは次のページから。
http://www.dartmouth.edu/~milton/reading_room/
sonnets/sonnet_20/text.shtml

* * *
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